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第2話 White Lie

 「どちらへお出かけですか」  「俺がどこへ行くのか、いちいち報告する義務があるのか?」  「いえ。しかし、誰もおつけにならないでお出になると……」  「ラボに行くだけだ、変なのは連れていけない」  またその顔だ。苦しそうな困ったような顔をする。瞳の奥にある心配と落胆の色。俺の保護者のつもりなのか。俺と年齢は二つしか違わない。なのにこいつは年端も行かないうちから老成している。  「せめて…携帯電話くらいはお持ちください」  特に使う予定もない携帯をポケットから指先で挟んでつまみ出し、目の高さまで持ち上げてみせる。  「これでいいのか?」  「お引き止めして申し訳けございませんでした」  「そこまでして忠義を尽くす理由が俺にはわからん」  :宇津木成世(うつぎなるせ)は小さい頃に両親をなくした。一家心中から唯一助かった子供だ。生命力の強いやつだと親父が引き取ってきた。  そのことに恩義を感じているのならお門違いだ。そもそも宇津木の両親が死を選んだ理由は借金苦から逃れるため。  そして、その取立てをしていたのは親父の会社だ。会社というと聞こえがいいが、所詮闇金だ。会社の呈はなしているが、その資金がどこに流れているのか知らない者はいないだろう。  宇津木はその辺の事情は誰よりも承知しているはず。なのになぜあいつは憎むべき相手に忠誠を誓うのだろう。  「夕食までにはお戻りください、本日は……」  話している宇津木の顔の前に手のひらをかざして、それ以上余計な事は言うなと静止した。  「解っている。それ以上言うな、胸糞悪い。ああ、そう言えば劉欄が部屋で寝ている。……後は頼む」  「はい、承知しました」  帰宅した時に、すえた臭いのする部屋に入るのは反吐が出る。劉欄を追い出して、ベッドシーツから全て取り替える。それが宇津木がこれからやる事なのだ。  どこの誰が好き好んで、人の情事の後始末をするのだろう。若いやつに指示してやらせれば良いのに、俺の世話は全て自分の仕事だと、ごみの一つさえ誰にも触らせない。  ……  宇津木が俺の家に引き取られて来た時、俺は六歳だった。二歳年上の宇津木は、俺の遊び相手としておかれた。大人ばかりの世界で生きてきた俺にとっては宝物のような存在だった。  まるで兄弟のように育てられた。少なくとも俺はそう思っていた。ところが宇津木が中学を卒業したあの日……全てが変わった。  ……俺の隣から「成世」が消えたのだ。  成世は義務教育終了と同時に親父の下で働くようになった。その日以来、俺への態度も変わってしまった。もう颯馬と俺を呼ぶことも、一緒に部屋で過ごすこともなくなった。あの日から互いに名前で呼ぶことも禁じられた。  一度だけ親父に頼んだ事がある「一緒に遊びに行きたい」と、その翌日、宇津木の顔は殴られて腫れあがっていた。  自分の一言は自分にではなく宇津木に跳ね返る。宇津木は何も言わなかった、ただ転んだだけですよと笑っていた。  自分の言動の結果に驚いて恐怖した。  中学生の俺にはそれで充分だった。自分の置かれている世界を理解するには。  もう兄のように親友のように過ごした成世はいない。

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