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第10話 相模の声

 相模のメールを読んだ後で、心がオープンぎみだったマキは…  純粋な親切心から、心配そうに声をかけてきた鯉山(こいやま)アラタの、人の好さにゆさぶられ、心は開きぎみから、一気に全開となった。  第一印象で鯉山を気に入ったマキは、鉄は熱いうちに打て! と言わんばかりに…  鯉山のパーソナルスペースに、じわりじわりと入り込み親近感を誘発させたら、さりげなく所属サークルまで聞き出した。  逃がすものかと、大きな瞳をうるうるさせて連絡先を交換してもらい、講義が終わるとマキは速攻で鯉山が所属する漫画・アニメ研究会まで押しかけたのだ。  マキにとって幸運だったのは、鯉山が東北出身の学生で、内気で人見知りが激しく… マキと同様に親しい友人と呼べる人間がいないことだった。  まだ親友と呼べるほどには至らないけれど(心では呼んでる)、マキはどうしても相模に背中を押してくれたお礼が言いたくて、長々とメールを打ち込み送信すると…  速攻で返信が送られて来て、時間があるなら直接話そうと、只今、スマホで通話中である。 《素晴らしい! ずいぶん思い切ったね、でも良く頑張った!》  機械を通した声とは言え、相模の成熟した大人アルファの声は… 落ち着いてゆったりとした話し方に良く似合う、低くても伸びのある美声だった。  テンションが上がり気味で、時々声が甲高く引っくり返る、落ち着きが無くて子供っぽい、マキの声とは大違いである。 「僕… 僕もホントに驚いています!! 初めてなんです、本当の友達ができるなんて!」 《おや、寂しいな… 私は君の友達ではないのかな?》 「ああ!? ええっと!! でも相模さんは友達と言うより、僕の師匠に近いような気がするのです!」  椅子がすぐ目の前にあっても、マキはなぜか自室の硬い床板の上で、姿勢正しく正座をしてスマホ片手に、相模と話し込んでいた。 《師匠?! それはまた、私の予想を斜め上を行く、表現だね!》  スマホを通した低く響く相模の笑い声が、マキの耳の奥へと忍び込み… うなじから背骨へとゾクゾクと刺激した。 「ふふふっ… でも、本当にそんな感じなので、間違いではありませんよ?」  頬をポリポリと人差し指でかき、マキは自室の天井を見上げて、考え考え答えた。 《師匠か、まぁ響きは悪く無いけど、私は兄か従兄弟ぐらいだと思っていたけどね》 「相模さんがお兄さんかぁ… それも良いですね! アルファのお兄さん~!!」  へらへらとマキは、本気で良いなぁと思いながら笑う。 《いつでもエイジお兄ちゃん! と呼んでくれても構わないよマキ君》 「エイジお兄ちゃんですか?! アハハ! それだと僕がすごく甘ったれな弟みたいに聞こえません? エイジお兄ちゃん?」 《いや、可愛くて良いよマキ! ぜひこれからは、そう呼んで欲しいね!》  相模の声が楽しそうに踊り出し、相模は本気なのだと、マキは吹き出してしまった。 「ふふっ! 今の良いですね、なんか家族以外の人に呼び捨てにされるの憧れてるから」 《なら、そう呼ぶよマキ! さぁ君も私をお兄ちゃんと呼びなさい!》 「いえ、流石にそれは恥ずかしいので、せめてエイジさん! と呼ばせてください」 《・・・・・・》  相模は急に黙り込み…  マキは調子に乗り過ぎたか? と背中がヒヤリとして心臓が奇妙にドキリッとはねた。 「あ、すみませんやっぱり失礼ですよね!」  あわてて訂正するマキ。 《ああ、マキ! 私は名前で呼んでくれる方が良いよ》 「本当にエイジさんと呼んでも良いですか?」 《その方が良い》  マキと話し終えた相模は、スマホを上着の内ポケットへしまいながら、メモを秘書に渡した。 「その学生のことを簡単に調べておいてくれ、マキの友人として、危なくないかどうかだけで良い」 「"鯉山アラタ" 承知しました」  メモをバインダーにはさみ秘書は相模のオフィスを静かに出て行く。  額に落ちた艶やかな黒髪をかきあげ、相模はため息をついた。  マキに "エイジさん" と呼ばれた時、相模は一瞬、新婚当時の妻フウカにもそう呼ばれていたことを思い出し… 穏やかで楽しい部屋から一転し、氷の牢獄へ放り込まれたかのように、呼吸するのも忘れ言葉を失った。  まるで相模に… お前は幸せになるな! とフウカが訴えているように感じたのだ。

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