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第11話 マキの報告書

 相模はようやく届いた "杉山マキ" の調査報告を手に取り、1枚づつ丁寧に読み込んでゆく。  (マキ)に助力はおしまない… そう決めた時から… 手を出すなら最後まで相模が責任を持ち、中途半端なことをするつもりはなかった。  相模が今、見ているマキの調査報告もただの興味本位というわけではなく、どの方法で、何をどう助力するかを考えるのに必要なのだ。  数回メールのやり取りをして、直接通話しただけでも、相模には気になることがたくさんあった。 <例えば家庭環境、それに家族構成などは特に… 確か両親は2人ともベータだと言っていたが、オメガの繊細な体質や社会的に微妙な立ち位置など、マキの家族には正しい知識がとぼしいのはあきらかだ>  オメガの体質を知りつくし考慮できる、オメガへの支援体制がしっかりした学校は、多くは無いが全国にいくつかある。  両親が正しいオメガの知識を持っていたなら、少々学費が高くついても、マキの将来を考えればそういう支援が受けられる学校へ入れたはずだ。 「やれやれ、マキにとって親は、ほとんど頼りにならない存在と言うことか… 苦労しただろうな」  高校の女子生徒全員がマキのストーカーになるような、馬鹿げた現象も絶対に起きなかったはずである。  能力が高く出生数も少ないアルファは、何かと優遇される傾向にあり、そのアルファが好んで伴侶に選ぶオメガは…  逆にその体質から能力が平均より低く、その為アルファを産む器としてあつかわれがちだ。  特にマキのような男性オメガは、身体の構造的に産む子供の数が少なく、不妊症の場合も多い。  つまりアルファを産む為の生殖機能が低く、女性オメガよりもさらに軽視されるのだ。  世界の人口の大多数(80%以上)を占めるベータ性の者たちには、オメガ男性の男性体で受胎可能な能力が奇異に見え、軽視どころか蔑視(べっし)する者さえいた。  そういう人間が、『3万で抱かせろ』 などと、下劣な行動を取るのだ。 「フンッ!」  思わず相模は、皮肉を込めて鼻で笑った。    代々オメガやアルファが誕生する血筋の家は、ほとんど決まっていて… 相模の実家や、亡き妻フウカの実家もそうだ。  だが、杉山家の場合は… マキの祖母がそういう名家の出身のオメガ女性で、ベータ男性と結婚し実家から縁を切られている。  そしてその(マキ)が、隔世(かくせい)遺伝で、親を飛び越えてオメガとして誕生した。  マキのようにベータ性の親から生まれるオメガは、割と多いが…  オメガの能力の低さと気質から、世に出ることが少なく、一般的にあまり知られていないのだ。  最近テレビでよく見かける、アイドル俳優やモデルが、そういう名家からはぐれたオメガや、はぐれたオメガが産んだ子供だったりする。  素行が悪く淫らな行為を中学時代から繰り返し、家から絶縁された従兄弟の1人が、テレビで、歌って踊る姿を初めて見た時、相模は顎が外れそうになった。  すごく歌が下手だったからだ。  宇宙人と何かを交信する為に、妙な電波を発してそうな下手さで、相模は即刻、従兄弟と連絡を取り歌だけは止めろときつく言いふくめ、所属事務所にもプレッシャーをかけた。 「本当に今までよく無事で、やって来れたものだな… それもあんなに真っ直ぐ成長して」  マキの調査報告を見て、相模は感心した。 <不安定な気質ではあるが、マキの自衛本能の強さが、マキを孤独にさせたが、自分を護っても来たのだろう… そして恐らくは、正しくオメガを知らない両親が、アルファという金の卵を産む鶏だと、大切にしすぎず、一般的な育て方をしたからこそ自制のきくオメガへと成長した>  マキ自身が体験した苦労が、マキを強くしたのは言うまでもなく…  まさにマキは苦労のし甲斐があったのだ。 「同じオメガでもフウカとは違うか?」  その事実に相模は喜んで良いはずなのだが、ほんの少し寂しさを感じる。  マキのことを知ってしまった相模の中に… 気に入ったオメガに対して本能的に現れる、アルファの執着心が芽生え始めていた。 「つまり私は、マキがスムーズに自立できるような、支援計画を練れば良いのか…」  深夜のオフィスで、マキの報告書を机の上に並べ… 早速、相模はいくつかの計画を頭の中で展開する。  不意にマキの言葉を思い出し、自然と相模の顔に笑みが浮かぶ。 「エイジお兄ちゃん… か…!」

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