ざわざわ、カチャカチャ、学生たちの話し声や、食器がぶつかる音、椅子を引く音、雑多な音が交じり合う学食で、マキは鯉山(こいやま)の隣に座り、しょぼしょぼとスマホをチェックして… 「ハァ―――ッ…」 　憂いをおびた、切なそうなため息を付くマキの顔には…　鯉山とおそろいの、太ぶち眼鏡がかかっていた。 　眼が悪くなったマキは、どうせ買うなら、親友鯉山とおそろいが良いと色違いで茶色の眼鏡を作ってかけていた。 　印象がオタクっぽくなり、誰もマキに声をかけなくなったのは幸運な副作用である。 「どしたのさ、マキ君？」 　どんな返答かは予想がつくが、マキの友達として一応たずねてみる、人の好い鯉山。 「エイジさんから連絡が、来ない！」 　マキが相模と知り合って5ヶ月近く過ぎていた。 「RINE？　既読付かない？」 「そっちは送らないことに決めてるの…　だって忙しい人だから、何か迷惑になりそうだし…　いつまでも既読付かないと寂しいし、　社会人のエイジさんのペースに合わせた方が良いと思ってさぁ」 「マキ君は良い人だね」 　人の好い鯉山は、さりげなくマキを褒めてくれる。 「そういう、鯉山君もね」 　だからマキも鯉山を褒め返す。 「ははっ…」 　褒められるのが苦手で鯉山は困った顔で笑う。 「"これだから学生は"　…って嫌われたくないけど、やっぱり、エイジさんの美声が聞きたい！」 　ぐちぐちと愚痴るマキに、鯉山はうんうんと同意し、面倒がらず付き合う。　 　思い切ってマキが釣り上げた鯉山は、マキの見立て通り気の好い人物だった。 　苦労人のマキの、人を見る目は確かだったらしい。 「そのエイジさんとは1度も会ったこと無いんだよね？」 「うん、彼はアルファだから…　オメガの僕が怖がるといけないって…　すごく大人で優しいんだ！」 「アルファって怖いの？！」 　きょとんと鯉山は、素朴な疑問を口に出す。 「アルファはね、能力が高ければ高い程、強くて…　オメガの本能にプレッシャーかけて、抑制剤飲んでてもオメガを発情させるほどで、とにかくアルファも発情すると、フェロモン出るらしいから…　それで僕なんか簡単に、落ちちゃうって…」 「ひゃあぁぁぁぁ！　そんな人いるんだ？！」 「エイジさんがそうらしくて、うかつに会えないんだ…　僕もエイジさんに聞いて、初めて知った…　無知って怖いよね～っ？！」 「マキ君はエイジさんが好きなの？」 「え？　好きだよ？」 「ええっと…　恋をしているの？」 　鯉山はちょっと恥ずかしそうにたずねる。 「ああ、そういう感覚、まだ分かんなくて、ドキドキするけど…　憧れって感じかなぁ～？」 　ゴゴゴゴゴと、マキのスマホが、机の上で震え…　さっ…　と手に取り画面を見ると噂の相模からだった。 　興奮して赤い顔で、ガガッ…　と椅子の足を鳴らして立ち上がり、マキは通話ボタンを押して… 　ささっ…　と直立不動で耳に当てる。 「はい、エイジさん？」 《マキ、今は何している？》 「え？　学食でちょうど食べ終わったところですけど？」 《やっぱりそうか！》 　ブチッと通話が唐突に切られ… 「はぁ？！　エイジさん？　ええ？　エイジさん？！　何でええ～　切れちゃった？！」 　スマホを不満顔でにらんでいると…　なぜかマキの首筋から背中にかけて、急にゾクゾクとして…　ぶるっ…　と身体が震えた。 「ああ…っ？　嘘…っ？」 　その震えるような、ゾクゾク感には覚えがあった。 　数か月に１度、マキを苦しめる発情期の前兆だ。 　不意に誰かが、ぽんっ…　とマキの肩をたたき… 「すまない、マキ！　あまり時間が無くて…」 「・・・っ？！」 　振り向いたマキの背後には、通話を一方的に切った、当の相模が立っていた。 　声だけで目の前の人物が相模だと気づいたマキは…　金魚のように口をパクパクして、自分よりも頭1つ分背の高い相手を見上げた。 「君かな？　と思ったけど違うかな？　…って、分からなかったから…　ちょっと失礼！」 　大きな手で相模はマキの顔から、鯉山とおそろいの茶色い太ぶち眼鏡をするりとはずした。 「エ…　エ…　エイジ…　さん？！」 「初めまして、相模エイジです…　名刺欲しい？　まぁすぐに、使えなくなる名刺だけど…」 　真っ赤な顔で、口をパクパクするマキの顔を確認し、相模はニヤリと笑う。 「欲しいです！」 　ちゃっかり名刺を要求するマキに…　 　相模は上着の内ポケットから、コードバンの革素材の名刺入れを出し、一枚引き抜きマキに渡す。 「マキは時間ある？　少し真面目な話がしたい…　どうしてもこの話だけは、君の顔を見ながら話したかったから」 「は…　はい、あります！」 ※『イラストの投稿』に挿絵を置きました。　イメージ補強になれば幸いです。