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第38話 怖い顔

 今まで1度もマキが見たことも無いほど、夫の顔が怖かった。  例えるとしたら… 鬼神? …悪魔? ガーゴイル?! 「…エイジ兄さん!!」  ゲス従弟の怒りで赤かった顔が、今は真っ青になり、マキに向けて不穏な笑みを浮かべていた口元は、ヒクヒクと痙攣(けいれん)し、媚びるように笑っていた。  何よりアルファのプレッシャーを相模はすごい勢いで放ち、周りにいたベータの社員たちでさえ、その場の大きな威圧感に耐えきれず…  1歩… 2歩… と後退して行く。  毎日、毎日、愛し愛されて抱かれた(つがい)のマキは… 辛うじて夫のプレッシャーに順応し下がらずにいられた。 「彼が… フェロモンをまき散らして、眠っていたというのは本当か、カズヤ?!」  とても静かに微笑みながら話す姿は、常識人の相模らしい穏やかな態度に見えるが… 光が届かない深海のように暗く… 冷たい… 切れ長の黒い瞳がチラリとマキを見た時、背筋が凍りそうなほど怖かった。 「……うっ」 <…エイジさん、怖っ!! めちゃくちゃ激怒してる!!>  番のマキでさえ、手が少し震えるほどの恐怖を感じるのだから、それほど相模は内心では猛烈に怒っているのだ。 「そうだよ、エイジ兄さん! そいつは眠ったフリして、オレに襲われるのを待っていたんだから!!」 「あ~あ…」 <本当にアルファでもピンキリなんだね? せっかく優秀な遺伝子持っていても、正しい自分の使い方を知らないと、宝の持ち腐れになるんだ… いやぁ… 勿体ないなぁ…>  マキをにらみながら、いきり立つゲス従弟に(あき)れてマキはため息をついた。 「お前は眠るマキに自分から近づいて、罠に(はま)った間抜けだというのか? フェロモンを感じたのなら、避ければ良いだけの話だ… 思春期の子供でも、もう少しマシな嘘をつくだろうな!」  夫の顔から笑みが完全に消えた。 「なっ…」  ようやくゲス従弟は、自分の失言に気付いたらしい。 「カズヤ! これ以上本家の兄に泣きついても、無駄だからな、私の妻を2度も侮辱したことを絶対に許さない」  前回、クビにしてすぐ、相模家当主を継いだばかりの兄に命令され、再びカズヤの面倒を見るハメになり、相模は内心腹を立てていたのだ。  マキの上司に、マキの代わりに使えないかと、預けていたのだが… 結果は、仕事中の態度が悪すぎてやはり使えないと判定を受け、相模はカズヤを不採用にする為にマキのオフィスに来たのだ。 「妻…?」 「マキは私の妻で、番だ!」 「!?」  すっかり血の気を失い、ゲス従弟はその場で崩れ落ちるように座り込んだ。  相模は、今すぐ自分の手を取れと、結婚指輪をはめた手をマキに差し出した。  細い手を夫の手に乗せると、ギュッとにぎり引き寄せられ、マキはガッチリ腰をつかまれた。 「それで? 何で君はここに居るのか説明してくれるか、マキ?」  ニッコリと笑って夫はマキを見つめるが… 「エイジさん… 僕はここの社員だよ? 仕事しに出社して何が悪いの?」 <うわわわわっ!! 怖っ!! エイジさんの目、全然笑ってない!! 怒られるっ!!>  怖い顔の夫に勇気を出して、マキは反論してみる。 「うん、なるほど! マキはそんなに仕事がしたかったのか?」  新妻マキに反論されて、夫の目つきが鋭くなる。 「そ… そうだけど?」  夫に警戒する新妻マキ。 「私のオフィスに、ちょっと来なさい!」  眉間にしわを寄せ、鋭い視線で夫エイジは口角を上げて、笑顔をする。 「嫌っ!」 <エイジさんの顔、めちゃくちゃ怖いから…!> 「来なさい!」 「嫌っ!!」 <絶対怒られるから…>  フウ――――――――ッ… フウ――――――――ッ…   夫は額を抑えて深呼吸をすると… 「どうやら君は、説教よりもお仕置きの方が好みのようだな?」  夫の瞳がギラギラと野蛮に光る。 「えっ?! わわっ?!」  マキの細い腰を両手でつかみ、持ち上げて肩にかつぐと、相模は足早にその場を去る。 「うわぁあああ!! エイジさん、何するの?! 止めて!! 下ろして!! エイジさん!!」 

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