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第1話 【第1章】 太一&ヨシュア

「誰か……誰か助けてっ……」  裏通りで3、4人の男たちに囲まれてうずくまっている人がいる。  チっと舌打ちして、原田太一(はらだたいち)は腕まくりをした。  どうも最近この周辺は不良学生やチンピラのたまり場になっている。  自分の働いている店の近所でカツアゲなどを目撃すると、太一は我慢ならないのだ。 「おい、お前ら! 何やってんだ!」 「やべっ……原田だぞ、おい、どうする」 「まずいっ、ズラかろうぜっ」  男たちは原田の姿を見るなり、あわてて逃げ出した。  空手有段者の原田はでこのあたりでもめ事などを見かけると、身体をはってでも止めることも多い。  ケンカがあまりに強いので、不良連中の間ではちょっとした有名人だ。 「おいっ、大丈夫か」  地面にうずくまっていた人が、顔を上げる。  プラチナブロンドの髪にブルーグレイの瞳。 「すみません、ありがとうございました……」  西洋人のようだが綺麗な日本語の発音だ。  原田は英語が全然ダメなので、ホっとして声をかける。 「外国人がこんな裏通りを歩いてたら危ないぜ。道にでも迷ったのか?」  腕をとって立たせてやろうとすると、その外国人はへなへなと崩れ落ちるように倒れてしまった。 「おいっ、どうしたんだっ! ケガでもしたのか?」  あわてて揺さぶってみると、小さな声が返ってきた。 「数日食事をまともにしていないのです……」 「食事? 腹減ってんのか。金がないのか?」  太一は不思議そうに尋ねる。  質の良さそうなスーツを着たその外国人は、上品で金がないようには見えなかったからだ。 「いえ、お金はあるんですが……」 「ちぇっ、仕方ねぇなあ。飯食えるところへ連れて行ってやるよ。ほら、しっかりつかまっとけよ」  太一は見ず知らずのその外国人をひょいと背中に背負うと、今来た道を引き返し始めた。  仕事が終わって家に帰ろうとしていたところだったが、仕方あるまい。  日本に来た外国人に悪いイメージを持って帰ってもらっては困る。 「すみません……お世話をかけます」 「いいってことよ。お前、名前なんていうんだ?」 「ヨシュア。ヨシュア・ブラッドといいます」 「ヨシュアか。俺は太一だ。原田太一」 「タイチ、ですか。親切な日本人……」  太一は自分が働いている居酒屋にヨシュアを連れて行った。そこから一番近いからだ。 「おう、どうした、何背中に荷物背負ってんだよ。行き倒れか?」 「いや、この先でチンピラに囲まれてたから拾ってきた」 「またかよ……最近このあたりは物騒だなあ」  深夜で客も皆帰ったあとなので、店長の吉永隆二が出てきて太一に手を貸す。 「これはまたキレイな顔をした兄ちゃんだなあ」  ヨシュアを椅子に降ろすと、太一も改めてヨシュアの顔を眺める。  さっきは暗くてよくわからなかったが、確かに人形のように美しい顔だ。  肌の色は透き通るように白く、顔は少し青ざめている。 「飯、食わせてやってくれないかな」 「おう、残り物で良ければなんでも」  隆二と太一は赤の他人だが、兄弟のように仲良くしていて気性もよく似ている。  困っている人は見過ごせない性格なのだ。 「あの……ありがとうございます……でもボクは日本の食事は受け付けないのです」  ヨシュアが申し訳なさそうに言うと、太一は声を荒げた。 「何言ってんだ! 日本に来て日本食が食えなきゃ話にならないだろ! ゼータク言ってんじゃねぇよ!」 「すみません……あの……アレルギーがすごくたくさんあるのです」 「なんだ、そういうことか。それじゃあ仕方ねぇな。じゃあ、食えるモンを言ってみろよ」  ヨシュアの体重が軽いということは背負った時に気付いていた。  何か元気の出るものを食べさせてやりたい。 「あの……赤ワインを頂けませんか。それと果物なら少しは。あ、そうだ、お金はあります」  ヨシュアはあわててポケットから財布を出すと、1万円札を取り出してテーブルの上に置いた。 「これで足りますか?」 「足りるに決まってんだろ! いや、待てよ……金持ってるんだったらいいもの飲ませてやろう」  太一は厨房の中へ入っていくと、冷蔵庫からなにやらグラスに注いで戻ってきた。 「なんですか……これは? 赤ワインとは違いますね?」 「おう。まあ、いいから飲んでみろよ。元気出るから」  ヨシュアは恐る恐るその液体に口を近づけ、ペロっと舐めてみる。 「あ、おい! それは味わって飲むもんじゃねぇんだ。薬みたいなもんだから、鼻つまんでイッキに飲め!」  ヨシュアはおっかなびっくりという顔で、その液体を飲み干すと、にっこりと笑顔を浮かべた。 「これ、とても美味しいです。なんという飲み物ですか?」 「え?それ、うまいか? 変わったヤツだな……それはなあ、すっぽんの生き血だよ」 「スッポンのイキチ……」  ヨシュアは空になったグラスに鼻を近づけてくんくんとニオイを嗅いでいる。 「それを飲むと精がつくんだぜ。どうだ、効きそう気がしないか?」 「そういえば、身体が元気になってきたような気がします」 「そうだろ、そうだろ」  そんなにすぐに効き目が表れるとは思えないが、病は気からと言うし、と太一はヨシュアに同意する。  ヨシュアの顔色は確かに少し良くなったように感じる。 「これは気に入りました。日本に来て初めてです。どこに売っているのですか?」 「あーすっぽんの生き血は売ってないなあ。この店はすっぽん料理を出してるからとれるんだ。だけど、一匹からそれだけしかとれない貴重なモンだぜ」 「そうなのですか。それではここへ来れば毎日これを飲めますか?」 「毎日か……そうだな。お前が飲みたいっていうなら、予約でとっといてやるぜ」 「お願いします!毎日来ます」 「そんなに気に入ったのかよ、変な外国人だな。でも、それを飲んでたら本当に元気になれるぜ、きっと」  太一はヨシュアの肩をバンバンと叩いて励ましてやる。  すっぽんの生き血は嫌がる人も多いから、それほど注文はないし、毎日ヨシュアの分ぐらいは残しておけるだろう。  

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