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第2話 困ったこと
それからヨシュアのおごりだと言うので、太一は一緒に赤ワインを飲んだ。
ヨシュアはマンゴーを一切れだけ口にしたが、それ以外のものは食べずにワインを飲んでいる。
酒は弱くなさそうだ。
ヨシュアは数ヶ月前に日本に来たが、故郷はイギリスの片田舎だと言った。
「なんで日本に来たんだ?」
「それが……家出してきたのです」
「なんでまた」
やっぱりワケアリだったか、と太一は身の上話を聞く。
「結婚させられそうになったので……ボクは自分の伴侶ぐらいは自分で見つけたいのです」
「政略結婚か⁉ お前、ひょっとして大金持ちのお坊ちゃんかよ」
ヨシュアはどう見ても20代の前半ぐらいの若さだ。
これだけのルックスで政略結婚なんて気の毒に、と太一は思う。
「それで、なんで日本なんだ? 日本人の女が好みか?」
「いえ……日本語が得意です。日本のアニメ見て覚えました」
「へえ、イギリスには日本のアニメがあるのか」
「はい、なんでもあります。アニメの歌、歌えます」
有名なアニメソングを歌い出すヨシュアを見て、アニメオタクはイギリスにもいるのか、と太一は妙に感心した。
「なるほど。そんじゃあ、相手を見つけないとお前は国に帰れないのか」
「そうなんですが……なかなか難しいです。日本の人、優しいけれど恋人を見つけるのは難しい」
「まあ、そう気をおとすなよ。お前ぐらいのルックスなら、頑張ればいくらでも彼女ぐらい作れると思うぜ」
太一は本心からそう励ました。
ヨシュアぐらい美形でお金も持っているということなら、彼女なんてすぐに作れそうだと思う。
「タイチ、今日は本当にお世話になりました。また明日来ます。あさっても来ます」
ワインを飲み干すとヨシュアは立ち上がってペコリと頭を下げた。
顔色も良くなったようだし、太一は笑ってヨシュアを送り出した。
気のいい外国人だったな、と思う。
顔はちょっと整いすぎて冷たそうなイメージだが、口を開くと気弱で優しい青年という感じだ。
「本当に毎日来るつもりなのかねえ」
「さあ、どうだかな。あ、片づけ手伝いますよ」
袖すり合うも他生の縁、か。
太一はヨシュアは本当にまた来るだろう、となぜか信じていた。
太一の予想を裏切らず、翌日またヨシュアは店に現れた。
すっぽんの生き血をオーダーすると、それを飲み干しニコニコしている。
余程気に入ったらしい。
「昨日、とても元気になりました。今日も元気になります」
「そうか。そりゃあ良かったな。何か食うか?」
「それでは赤ワインとフルーツを下さい」
「なんだ、食いモンはそれしかダメなのか」
太一はせっかくの腕がふるってやれないのが不満だが、アレルギーがあるというのなら仕方がない。
赤ワインと一緒にいろいろなフルーツを少しずつ出してやる。
ヨシュアは昼間いったい何をしているのかわからないが、夕方店が開く頃に毎日やって来る。
そして、太一や隆二と楽しげに話しこんでいく。
金払いのいい客なので、太一も隆二も歓迎だ。
ヒマな時は一緒になって閉店まで飲んだりもした。
ある日のこと、店を閉めてから太一はヨシュアと一緒に歩いて帰ることになった。
家が案外近所だと知ったからだ。
太一はまたヨシュアが変なやつに襲われないように、家まで送ってやるつもりだった。
ヨシュアの住んでいるというマンションが近づくと、ヨシュアは最近困ったことがある、と太一に打ち明けてきた。
「なんだよ、困ったことって」
「あの……ここでは話せません。もし急がなかったら、ボクの家に寄ってもらえませんか?」
「ああ、まあ構わねぇけど」
今日は早く店も終わったし、ヨシュアがどんなところに住んでいるのかも少し興味がある。
誘われるままに、太一はヨシュアのマンションについて行った。
きれいなごく普通の2LDKのマンションだ。
電化製品や高価そうな家具が揃っていて、やはりお金には余裕があるのだな、と分かる。
「で……なんだよ、困っていることって」
ヨシュアがもじもじとしてなかなか話さないので、太一の方から催促すると、ヨシュアは意を決したように突然驚くような行動に出た。
ズボンを降ろして、自分のモノを出して見せたのである。
それも、固くそそり立ったモノを。
「おいっなんの真似だよ、ヨシュア!」
「これが治らないのです。スッポンのイキチのせいでしょうか」
太一は呆気にとられたあと、思わず吹き出してしまった。
「まあ、確かにな。これだけ毎日飲んでりゃ、効き目も抜群だろう」
「コレ、非常に困ります。どうしたら治りますか?」
「おい、冗談だろ。出せばいいじゃないか。やり方知らねぇとか言うんじゃないだろうな」
「やり方……知りません。出すってどうやるのですか」
正気か……
いくらお坊ちゃまと言えども、いい年した男が自分でやったことがないはずないだろう。
いったいイギリスの性教育はどうなってんだ!
しかしヨシュアの困った顔は真剣そのものだ。
ひょっとして俺は騙されているのだろうか……と太一は悩む。
もしかしたらヨシュアはゲイで俺のこと誘ってるんじゃないだろうか。
「あのなあ、ヨシュア。俺のことからかってるんだったら怒るぞ」
「からかっていません! やり方、教えてくれたら自分でやるから、教えて下さい。お願いします」
ヨシュアはいつもの調子でペコペコと頭を下げる。
なんだかその様子が哀れで、太一は怒るに怒れなくなってしまった。
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