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1.佑
「おい、東矢。そろそろ離れろ。帰るから。」
「なんで?泊まれば良い。」
小さな呟きが肩口から聴こえる。
ワンルームの部屋の真ん中で、タバコを吸いながらテレビを見ること一時間。
面白くもないテレビを消し、小さなテーブルに目をやる。
夕飯に食べたコンビニの容器が机の上に散在していてそれが妙に気になる。
片付けようにも、こうもガッチリと捕まっていては動きようがない。
「ったく、ガキか。おら離れろ。片付けたら帰っから。」
「...やだー。」
駄々っ子のようにくっついてくる東矢に呆れたため息が出る。
マジでガキだな。
それでも背中に感じる温もりが肌寒い夜には心地よいのも確かで。
女のような柔らかさのない体だけど、東矢の体温は自分がここに居るって感じせてくれてどこかホッとする。
「どうせ隣なんだし帰らなくても困らないでしょ。だからもうちょっと、こうさせてて...」
そう言って腹に回された腕に力が籠る。
こいつがこうやって甘えてくるのは酔ったときか女と何かあった時だ。
多少飲んではいるが酔うほどではないから、今は女と何かあったのだろう。
これまで何度も同じ経験を重ねてきたから間違いない。
「『やだー』じゃねーよ。ったく、聞いてやっから話せ。今回は何言われたんだ?まぁどうせ下らないことだろうけど。」
タバコの火を消しながら尋ねる。
話して楽になるなら話せば良い。
いい加減離れてもらわないと同じ体勢も疲れてきたし。
「......『下手くそ』って。」
「あ?」
「...だから、エッチが下手くそって。」
ボソボソと話す内容に思わず苦笑する。
男として、セックスが下手くそって言われるのはなかなかにキツいものがある。
なるほど、これは確かに落ち込みもするか。
「あー...それはヘコむな...」
肩に顔を埋めている東矢の頭を撫でてやれば、柔らかく指触りのよい髪がサラリと揺れた。
「ん....だから佑で癒されてるとこ。」
「...あっそ。」
こんなことで癒されるのなら安いもんだ。
これで東矢が落ち着くのなら、この態勢ももう少し我慢してやっても良い。
「仕方ねぇなぁ。おら、しっかり癒されとけ。」
と腹にされた腕をポンポンと叩き、机の上に放ったタバコに手を伸ばした。
肩口で「あざー...」と呟く東矢にクスッと笑いながら、もう何本目か分からないタバコに火を点ける。
ほんと、俺はこいつに弱いな。
こうやって甘えてくる体だけはでかい幼馴染みに、寄り掛かるように体重を預ける。
「佑...重いよ...」
「んあ?我慢しろ。」
フーッと煙を吐き出しながら呟けば、クックッと笑う振動が肩に響いた。
目の前で漂う紫煙をもう一度吹き飛ばし、ゆっくりと目を閉じる。
こうしていると、互いの体温だけがこの世界で感じられる唯一のもので。
穏やかに流れる時間に安心している自分がいる。
「タバコ臭い...」
笑いながら大きく息を吐き出す東矢に「嫌なら離れろ。」とだけ返す。
「やーだー...」
またも駄々っ子のように抱きついてくる幼馴染みにフッと笑いが溢れた。
時計の針の音と自分の心音。
東矢の息遣い。
心地よい空間に、自然と体の力は抜けていったー。
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