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30 東矢
「おら、いつまでも項垂れてねぇで。旅館帰っぞ、腹へった。」
「痛い痛い!もっとソフトに!」
「うるせぇ、行くぞ。」
佑に促され座っていた店先のベンチ。
貰った日本酒を割ってしまったことを詫びれば佑に頭をワシャワシャと撫でられた。
その手は乱暴だけど優しくて。
俺を見てニッと笑う佑の表情に、胸がグッと苦しくなったー。
「おかえりなさいませ…どうなさったのですか!?」
ロビーで出迎えてくれた仲居さんが驚いた声を出す。
その視線は俺の頬に向けられていて、「ははは…」と渇いた笑いが溢れた。
「とろくさいから転んだんだよ、コイツ。」
「うるさいな。佑みたいにバカほど動けないだけで、俺は普通です。」
俺を指差す佑はどこか面白がった様子だ。
『ケンカしてきました』とは言えないから仕方ないけど、いくら俺でもこんなところを怪我するような転びかたはしない…はず。
「まぁ…大丈夫ですか?救急箱お持ちしますから、そちらにお掛けください。」
心配そうにロビーのソファを勧めてくる仲居さんに「あー、絆創膏だけ貰うわ。」と佑が柔らかい声で応える。
付き合いが長いから分かる。
あの手の女性は佑の好みだ。
親しげに言葉を交わすその様子に、ここに着いたときと同じように面白くないと感じている自分。
なんとなくその光景を見たくなくて視線を反らした。
「…………」
無意識に無言になっていたことに気付き、小さく頭を振る。
何なんだろう、この感情。
佑が女性と話してるのなんて珍しくもなんともないのに。
こんなの、まるで…
「…矢、おい、東矢。」
「ッ!? あ…ごめん、何?」
「お前、大丈夫か?絆創膏貰ったから部屋行くぞ。」
「ああ…ありがとう。ごめん、ちょっとボーッとしてた。」
佑の声にハッと意識が戻る。
呼ばれた方を振り返ればいつの間にか仲居さんはいなくなっていて、佑が怪訝な表情でこちらを見ていた。
その手には部屋の鍵と絆創膏。
「暑さと痛みでついに本物のバカになったか?」
「痛みはともかく、暑さでバカになってんのは佑でしょうが。」
ケラケラと笑うのにつられて笑い返す。
エレベーターに乗り込む佑に続きながら、先程の自分の思考に困惑した。
だって
これは、
「『嫉妬』だ…」
「あ?何か言ったか?」
「…何でもないよ。」
思わず吐いて出た言葉を笑って誤魔化し階数表示を見つめた。
この間からずっとモヤモヤとしていた感情。
思い至ったその名前に、動揺と同時に納得している自分がいた。
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