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二 洗濯は憂鬱
(はぁ~。面倒臭え)
仕事にも寮生活にも慣れた。同期たちともそれなりに上手くやっている。門限やルールは面倒なものがあったが、概ねなんとかやれていると思う。当初は一人暮らししようかと思っていた岩崎だったが、今は寮も悪くないと思い始めていた。何しろ、風呂掃除や炊事をしなくて良いと言うのは大きい。
とはいえ、やはり面倒なものは面倒で、岩崎は特に洗濯が嫌いだった。全自動洗濯機という名前ならば、畳むところまでやってくれれば良いのにと、心底思う。
(今のところ、うるさく言ってくる先輩とやらも居ないしな。それより、バイク乗りてー)
実家から愛車を持ってきてはいるものの、今のところ乗れていない。会社までは歩いて行ける距離なので、通勤の許可が下りないのだ。そういう点はマイナスだ。
洗濯物を詰め込んだ紙袋を片手に、洗濯室に向かう。貯め込みすぎると余計に面倒だと、ここ数回で学んだため、洗濯はこまめに行うことにしていた。
「週末にでも、どっかバイク乗りに行こうかな」
海か山か、近場で良いから乗りに行こう。そう思いながら洗濯室に入った岩崎は、ぐるりと視線をめぐらせて眉をよせた。どの洗濯機にも洗濯物が入っている。丁度、混み合っている時間だったらしい。
「何だよ、畜生」
出直す必要があるかと、舌打ちをする。こういう部分は、寮の不便さだ。と、一つの洗濯機だけ、動きを止めていることに気が付いた。寮則では洗濯物を勝手に取り出すのは禁止されている。しばらく待てば仕掛けた人間が取りに来るのも解っている。だが、面倒だ。
(別に良いだろ)
勝手に扉を開け、洗濯物に手を伸ばす。洗濯物は既に粗熱が取れていたので、止まったのは今さっきではない。それなら、取り出してしまうのに十分な言い訳が立つ。近くの棚に置いてしまおうと、洗濯物を取り出そうとした時だった。
「あああ! ごめんね! 僕の洗濯物!」
「っ!」
急に声を掛けられ、驚いて洗濯物を取り落とす。横から腕が伸び、慌てて洗濯物を持ってきたカゴに詰め込み始めた。
(――こいつ、仏の……)
鮎川だ。鮎川の洗濯物だったことに、ホッと息を吐く。次いで、この男ならば怒らないだろうと、無意識に思っていたことに気が付き、顔を顰めた。
「さーせん、空いてなかったんで……」
「ううん、ゴメンね。……ピンクだね」
「あ、はい」
鮎川がまっすぐ背筋を伸ばした。
(でか)
長身の男だとは思ったが、自分より目線がずっと高いことに驚く。遠目ではヒョロヒョロしているように見えたが、間近で見ると思ったよりがっしりしていた。
桃色の髪を見てやんわりと視線を和らげる鮎川に、一瞬ドキリとする。岩崎の髪を見た人間は、大抵は驚き、少し逃げ腰になる。この男は、そうではないらしい。
(あれ……? どこかで……)
胸の奥が擽られ、ザワザワする。何か思い出しかけて、それが何なのか思い出せずに、無性に苛ついた。
「じゃあ、ごめんね」
「はあ」
そう言って、鮎川は洗濯室から出ていく。その背中を目線で追いかけ、岩崎はどうにもモヤモヤした気持ちが晴れず、ガシガシと髪を掻き上げた。
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