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二十三話 新人たち来る
ソファにもたれ掛かって、インスタントコーヒーを啜っていた鮎川は、玄関のドアをドンドンと叩く音に、嫌な予感がして眉を寄せた。
「……」
ここのところ、鮎川を訪ねるのは、ピンク色の髪をした青年ばかりだ。
(またか……?)
ドアを開けるのを躊躇したものの、結局開けた理由は、先日岩崎に『無視しないで』とお願いされたからに他ならない。あんな風に言われて、無視を決め込めるほど、鮎川は人非人ではなかった。
「はい?」
扉を開きながら声をかけ、鮎川は立っていた人物に目を丸くした。
「あ、こんにちは、鮎川先輩」
「――君は、栗原くん」
立っていたのは、栗原だった。栗原は遠慮がちに挨拶すると、後方を振り返る。岩崎と、あと二人ほど、青年が立っていた。岩崎の同期の立花と須藤だ。
「えっと……?」
急に大所帯で押し掛けられ、困惑していると、岩崎がすぐそばに来る。
「おー。掃除機あるっつったら持ってくって言うから、連れてきた」
「あ、そうなの。そう言うことなら、持っていって」
どうやら四台も置いてあるスティック掃除機を、引き取ってくれるらしい。栗原たちを招き入れ、他にも欲しいものは持っていって良いと伝える。驚きはしたが、不要物を引き取ってくれるのは、正直ありがたい。
「あ、このボドゲ持っていって良いですか? あとで皆で遊ぼうよ」
「うわー、すごい。本当に持っていって良いんですか? これと、これと……」
栗原たちが物色している間、岩崎は眺めているだけだった。岩崎は欲しいものがないようだ。
「このソファ邪魔じゃないっすか? 処分するときは手伝いますよ」
立花という青年が、親切心からかそう言う。だが、首を振ったのは鮎川ではなく岩崎だった。
「それは使ってるから大丈夫」
「なんで君が判断するのさ」
「? 使うだろ?」
「まあ……使ってはいるけど……」
使ってはいるが、あるから使っているだけである。正直、邪魔なものは邪魔なので、手伝ってくれるというのなら捨てるのもありだと鮎川は思っていた。だが、岩崎は当然のように「使っている」という。
(使うって言ってもな……)
座ってコーヒーを飲むくらいである。最近は岩崎が使っているが――。
そう、思いかけて、つい最近、岩崎とここでセックスばかりしていたことを思い出す。
(っ……。いや、今思い出すな)
汗ばんだ肌と、濡れた瞳。存外、甘い声で鳴く。しがみつく腕と、柔らかな唇――。
淫靡な光景が脳裏に浮かんで、無意識に手を口許にやった。こういう妄想をしてしまうのも、容易く岩崎に触れてしまうのも、この環境が良くないに違いないと、鮎川は深く息を吸う。
(寮生活のせいで、溜まってんだな……観自在菩薩行深般若波羅蜜多……)
煩悩が悪い。精神統一、精神統一と、頭の中で唱える。
(しかし……ちゃんと、同期の子と仲良くやってるんだな)
岩崎は栗原と、ボードゲームの話をしながらじゃれあっている。
「……」
なんとなく、自分に一番懐いていたと思っていたので、それが意外だ。こうやって見ていると、栗原との方が仲良く見える。
(いや、別に良いけど……)
そう想いながら、なんとなく岩崎を目で追う。
「これって面白いん?」
「シュール系のカードゲームは、面白いけど、仲良くないと微妙かな。こっちのは男だけでやるのは少し微妙かも」
「なんで?」
「内容がちょっとエッチなんだよ。女の子いた方が盛り上がるだろ。ただ下ネタ言ったって」
「あー」
栗原の持っているカードを、岩崎が覗き込む。前髪が、栗原の髪に触れて揺れる。
(……近くないか?)
なんとなく、モヤっとしたものを感じて、目を細めた。
僅かな苛立ちを感じているところに、横から須藤が声をかける。
「先輩、今度新人歓迎会を開いてくれるんですか?」
「ん? ああ。毎年恒例でね。近くの居酒屋でやるから」
「なんか楽しみっすね。俺らまだ同期でも飲みに行ってないんですよ」
「そうなんだ?」
立花が話に加わる。立花は苦笑いして、岩崎の方を見た。
「岩崎がまだ不参加で。誘っては居るんですけど」
自分の名前が出たことに気づいたのか、岩崎が顔を上げて振り返る。
「うせーな。あんまベラベラ喋るなよ」
(……僕と寝たことは言っちゃうくせに、そう言うことは恥ずかしいんだ?)
やはり、解らない子だと思う。
「何度誘っても振られるよな。酒あんま好きじゃないとか?」
栗原の問いに、岩崎はふんと鼻を鳴らした。
「飲んだらバイク乗れねえじゃん」
「あー」
岩崎の頭は、全部バイクを中心にしているのだ。そう思うと、なんだかおかしくて思わず笑ってしまう。
「良いよな、岩崎のバイクかっけーし」
「須藤って免許持ってたっけ?」
「車だけー」
「うちであと誰が乗ってたっけ?」
雑談が始まったのをボンヤリ眺めていると、岩崎がチラリと鮎川の方を見た。近づいてきて、こそこそと近づいてくる。腕が、僅かに触れた。
「お、俺がバイクの話はじめたわけじゃねーからなっ……」
「……どうだろ」
そんなことは百も承知だったのに、何故なのか、意地悪を言いたくなった。岩崎は耳を赤くして、鮎川を見上げる。
「おしおき、すんの?」
「……」
横目で見ると、三人は話に夢中で、こちらに気づいていなかった。イタズラ心で、岩崎の肩をそっと抱き寄せ、軽く触れるだけのキスをする。
「――っ!」
「ばーか。するか」
「っ、あんた」
真っ赤な顔で睨む岩崎に、鮎川はくく、と小さく笑った。
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