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二十五 送り狼

 岩崎を抱え、部屋の前へとやって来る。一度「起きろ」と声を掛けたが、岩崎は呻るばかりで受け答えできる状態ではなかった。 (大丈夫だろうな……)  多少心配ではあったが、大なり小なり、若いころの飲み会ではままあることだ。大丈夫だろうと判断し、勝手に岩崎のポケットをまさぐって鍵を取り出す。部屋の扉を開いて電気を点けたところで、鮎川は部屋の様子にあっけに取られて一瞬言葉を失った。  備え付けのベッドと、殆ど物が入っていない棚。クローゼットの前にジャケットが一枚掛けられている以外、物らしい物が置いていなかった。 「なんだこの部屋」  思わず呟く。岩崎の身体をベッドに横たえ、ぐるりと部屋を見回す。物に溢れかえった鮎川の部屋と、同じ構造の部屋とは思えない。あまりにも、物がなかった。 (バイク雑誌……)  必要最低限の物以外に置かれていたのは、バイク雑誌だけだった。物欲がないにしても、ここまでなのかと、少しだけ動揺する。 「……」  赤い顔をして横たわる岩崎を見る。薄く開いた唇が、僅かに呼吸しているのが解る。  これほどに物に執着しない人間が、自分に執着する理由がなんなのか、鮎川には解らない。分かろうと、思っていなかった。それに触れれば、掘り下げれば、見たくない過去にぶち当たる気がして、岩崎のことに触れないようにしていた。  そっと前髪を払い、岩崎の頬に触れる。酒のせいか、顔は熱かった。  殺風景な部屋。まるで自分の物になっていない、借り物の部屋のままのようで、それがなんだか妙に胸をざわつかせる。寮には慣れてきていると思っていたが、そんなことはなかったのだろうか。  岩崎が、薄く目を開く。目があって、ドキリと心臓が脈うった。 「ん……あゆ……」 「っ……」  勝手に触れていた気まずさに、慌てて手を引っ込めようとする。その手を、岩崎が掴んだ。 「……ん、手ぇ、冷たくて、気持ちイ……」  すり、と掌に頬を擦りよせる。 「お、おい……」 「んー……」  甘えるように擦り寄りながら、岩崎の唇が指先に触れた。ぞく、背筋が粟立つ。岩崎の赤い舌が、指の腹を舐めた。そのまま、かぷりと食まれる。 「――っ!」  ドクン、脈拍が早くなる。赤い舌が皮膚を滑る感触に、ゾクゾクと皮膚が震える。 「お、まえっ……」  鮎川は岩崎の肩を押し、ベッドに押さえつけのしかかった。 「お前、わざとじゃないなら、タチが悪いぞ……っ!」  口に含んだままの指を動かし、舌を掴む。岩崎が小さく呻いた。首を振って嫌がる顎を押さえつけ、唇を塞ぐ。  岩崎は一瞬びくんと身体を揺らしたが、鮎川のキスを受け入れ、背中に腕を回す。舌が絡まり、ちゅくちゅくと水音が何もない部屋にやけに響いた。 「ん、あゆ……っ」  甘い声に、鮎川は岩崎の腰に手を這わせた。シャツの隙間に手を滑らせ、肌に触れる。酒のせいなのか、キスのせいなのか、岩崎の身体はやけに熱かった。 「俺は、悪くないからな……っ。お前がっ……」  責任転嫁するように呟き、鮎川は岩崎の首筋に唇を這わせた。

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