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四十八 苛立ち
「あの、インポ野郎……」
グッと握りこぶしを作って、岩崎は壁を殴ろうとした手を止めた。寮の壁に穴をあけたとなったら、怒られるでは済まないかもしれない。
あれから一週間、鮎川は一向に勃起しなかった。完全に不能になったのかと言えばそんなことはないらしく、どうやら自慰行為では上手くできるらしい。そうなると、余計に面白くなくなった。
(ふざけんな、あの、クソ馬鹿インポ野郎)
悔しいし、惨めだし、ものすごく腹が立つ。さんざんヤって来ておいて、今更なんなんだと言いたくなる。男にはそういう時があるというのは解っているが、それが自分に対してだけ発揮すると言うのだから、ムカついて仕方がない。
肩をいからせてズンズンと歩く岩崎を、目撃した寮生たちが恐々した様子で振り返る。一週間。鮎川の部屋に通ったが、互いの精神的に限界だった。
「栗原あぁっ!!」
バン! とテーブルを叩き、談笑していた栗原に声を掛ける。ラウンジでコーヒーを飲んでいた全員が、岩崎の方を見た。栗原は先輩の鈴木と談笑していたらしく、驚いて目を丸くする。
「い、岩崎? どうした?」
「ちょっと、ツラ貸せ」
親指で合図する岩崎に、鈴木が青い顔をする。
「ちょっとちょっと!? 暴力はダメだよ!?」
「ああ?」
「ひぃ!」
思わず凄んだ岩崎に、鈴木がビクッと肩を震わせ栗原の背中に隠れる。
「鈴木先輩、多分違うんで……。えっと、俺の部屋行こうか」
栗原の提案に、岩崎は無言で頷いた。
◆ ◆ ◆
「マジで、ない! あのクソインポ!」
「――えーっと……。ちょっと予想外の相談だったな……」
ひとしきり説明を聞いた栗原は、困ったように顔を引きつらせた。岩崎はムカムカしていた感情が、栗原に話したことで少し落ち着いた気がして、すんっと鼻を啜る。
「……俺、嫌われたのかな。それか、なんかした?」
「うーん……。そんな要素なかったんでしょ?」
「……多分、だけど」
岩崎が思いつく限りでは、そんなことはなかったはずだ。それに勃たなくなったあの日だって、鮎川はキスはしようとしていた。
(……キスも、してくれねえし)
あれから、そういう接触は一切ない。そういう雰囲気になると、途端に鮎川の身体が強張るのだ。鮎川が強張るのを感じると、岩崎は自分の心が酷く冷えていくのを感じた。
「いっそ、潰しちまった方が良いのか?」
「やめてあげて」
栗原はしばらく考え込んで、時々テーブルの端に置かれた漫画本をパラパラ捲っていたが、やがて思いついたように顔を上げた。
「月並みだけど――環境を変えてみるとか」
「どういうこと?」
「ホラ、マンネリなカップルが旅行先だと盛り上がるとか、そういうのってあるじゃない。だから、いつもとは違う環境でしてみるとか」
「――なるほど」
言われてみると、鮎川とは寮でしかしたことがない。栗原の提案は、妙案のように思えた。
(……それでまた萎えたら、結構クるけど……)
場所を変えるくらいで上手くいくのか。考えるだけで怖い気がする。
「他には、何かないの」
「あー。そういう意味では、ちょっと雰囲気変えてみるとかアリかもね。例えば甘えてみるとか、ちょっとエッチな恰好するとか、……道具使ってみるとか」
自分で言って、栗原はポッと顔を赤らめた。
「なるほど。参考にしてみる」
(エッチな恰好……? どんな格好だ……?)
女の子だったらおへそや肩が出ている格好だろうかと、首を捻る。
「うん。頑張って」
さっそく部屋に帰って計画を立てようと、「サンキュ」と言って扉を開いた。
「ぶっ!」
「あ?」
ごん、何かがぶつかって、扉の後ろを確認する。鼻を押さえて、鈴木が部屋の前で蹲っていた。
「鈴木先輩……」
「ち、違うの。ケンカだったら心配だから……決して、なんか面白そうな話してるな、って思ったわけじゃないの!」
眉を寄せる岩崎に、栗原が深いため息を吐いた。
「岩崎、この人は俺がよく言っておくから……」
「? おお」
栗原に別れを告げ、今度こそ岩崎は立ち去った。
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