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四十七 怖くなった

(よ、良かった……)  岩崎が居なくなったあと、鮎川は一人自慰行為をした。無事に勃起し、ついでに射精出来たことに、ホッとする。 「インポじゃないっ……!」  不能になったのかと、一瞬焦ってしまったが、そんなことはなかったらしい。アダルト動画サイトのサンプル動画で抜くのは久し振りで、なんだかマヌケな気分になったが、とにかく勃起すれば問題ないのだ。 (問題は)  岩崎に対して、勃たなかったことだ。  後始末を終え、気だるい身体をベッドに横たえる。このベッドで、何度、岩崎を抱いたか解らない。生意気な口が、甘い声を上げるのが堪らない。可愛げのない態度が、可愛らしい顔で悶える姿が、愛おしい。想像の中なら、岩崎をいくらでもイかせてやれそうだった。 (……まあ、調子が悪かったんだろ)  明日にはきっと、うまくやれるはずだ。岩崎はきっと、明日も来るだろうから。 「今日のぶんも、可愛がってやんないと……」  そう呟いて、鮎川は静かに目蓋を閉じた。    ◆   ◆   ◆ 「……」  岩崎の表情が硬い。鮎川は顔を青くして、ベッドの上に突っ伏した。 (何でだ)  結論から言うと、勃たなかった。岩崎を抱きたいという気持ちは湧いているのに、いざ触れるとブレーキがかかる。 「俺、なんかした?」 「っ。ぼ、僕の問題だっ……」  岩崎にまで気を遣わせてしまっていることに、余計に落ち込む。項垂れる鮎川にため息を吐いて、岩崎は半脱ぎになっていたカットソーを直した。 「昨日、オナニーしたときは、大丈夫だったんだ……」 「……なにそれ」 「だから、一時的な――」  むぎゅ、と岩崎が鮎川の性器を服の上から握る。 「うわっ、おい」 「なんでフニャフニャなんだよ。マジでインポじゃねーの?」 「くっ。もう良いから」 「……良くない」  むすっと顔をしかめ、岩崎は手を離した。 「……なんか、ゴメン」 「……」  岩崎のほうはその気になっていたのだから、謝るべきだろう。二度も、傷つけてしまった。 「……なあ、なんで? どう考えても、原因、俺じゃん」 「そんなことは――」  否定しようとして、岩崎がじっと見つめるのに、口を閉じた。  自分でも、薄々気がついていた。岩崎に対して、ブレーキが掛かるのだ。 (いつから)  最後に抱いたのはいつだったか。そんなに前じゃないはずだ。ちょっと前まで、むしろ衝動は押さえられないほどだった。  誘うのは鮎川ばかりで、岩崎は拒絶したことはなかったが、自分から誘うことはなかった。  ズキ。今は自分のほうが駄目なのに、勝手に傷つく。岩崎が鮎川を欲しているのか、本当のところは解らない。今だって、素知らぬ顔をしている。 (……最近、変わったことといえば)  岡崎に、会ったことだろうか。岡崎と知り合いと思わなくて、ずっと過去の話をするなと言っていた弊害が、一気に起こった気がした。  そもそも、岩崎について誤解していた。鮎川にはかつて 暴走族『|死者の行列《ワイルドハント》』の総長だった頃、ひっきりなしに決闘を挑むものが群がってきていた。どちらが速いか。それを決める戦いに、単に楽しくて走っていた鮎川はウンザリしていた。  チームを解散させたあとも、その誘いは止まなかった。バイクを止めても、迷惑な相手は減らなかった。  やがて夕日コーポレーションに入社し、サラリーマンが板について、黒髪も馴染んだ頃、ようやくその誘いはなくなった。  岩崎は、久し振りに現れた、その手の人間だと思い込んでいた。 (良く考えれば、解ることだった――)  岩崎がまだ二十二歳だと知っていたのに。八年前は十四歳だと、解っていたはずなのに。 (ああ、そうか……)  鮎川は、つまらなさそうな顔でスマートフォンを弄っている岩崎を見た。 (崇弥、だったから、だ)  何故ブレーキがかかるのかに思い当たり、ハッとする。  多分、家の事情で、一人でいた子。遅い時間にコンビニにいる岩崎を、治安が悪いからという理由で、メンバーみんなで構っていた。  可愛い弟分だった。鮎川には弟がいるが、実の弟よりずっと可愛かった。いつも後をくっつき回って、タバコの臭いが臭いと言うのに、くっついて離れなかった。  守ってやっている、つもりだった。 (僕、大切にしてた子を、犯したんだな)  自分が、酷く恐ろしい人間に思えて、手が震えた。大切にしていたのに、自分勝手な振る舞いが、なにを引き起こすか考えもしないで。  いつだって短気で、バカな結果を引き起こす。変わったと思っていたのに、本質はちっとも変わらない。  バイクの時と同じだ。 「―――」 (僕は、岩崎に触れるのが、怖くなったのか)  震える手を握り締めて、鮎川はぎゅっと瞳を閉じた。

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