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五十 遊園地デート

「遊園地とか、何十年ぶりだ……」  門を潜ってそう言った鮎川に、岩崎は「そうなの?」と首をかしげた。 「俺は高校の時に来た。クラスメイトと」 「あー、あるな。そういうの。僕は多分、家族とだな……弟が中学生のころ……」 「仲良い家族だな」  普通だろ。そう言いかけて、鮎川は口を閉ざした。事情を聞いたことはないが、『崇弥』の家庭に問題があるのは想像が着いていた。夜遅い塾の送迎を、家族がしていた記憶がない。迎えの時間になると来るのは、運転手だという老人だった。 「行こーぜ。早くっ」 「走るなバカ」  岩崎に引っ張られるようにして、鮎川も着いていった。    ◆   ◆   ◆ 「もう一回!」  元気よく叫んだ岩崎に、鮎川はげんなりしながらベンチに座り込んだ。朝っぱらから振り回され、絶叫マシンを五回も乗らされた上、日差しが暑い。いい加減、休憩したかった。 「いやもう、中身が混ざりそう。一回休もう」 「オッサンだなー」 「お前、何かある度にそれ言うの止めろ。地味に傷つくから」  まだ学生みたいな岩崎と違って、鮎川はもう三十だ。周囲には結婚したやつも、子供がいるヤツもいる。岡崎などは鮎川の一つ下だが、二歳の娘がいる。『オジサン』と言われるのは仕方がない年齢だが、岩崎に言われるのは堪えた。 「まあ良いや。何か食う?」 「そうだな。売店でも見てみるか」  二人で売店を見て歩いて、コーラとホットドッグを購入した。売店近くのパラソルつきのテーブルに座って休憩を取る。顔にケチャップが着いているのを、笑って取ってやった。なんだか穏やかな時間だった。 「鮎川、こっち見て」 「ん?」  横にピタリとくっついて、岩崎がスマートフォンを構える。自撮りなど殆どしたことがない鮎川は、少し笑顔がぎこちなかった。 「はは。なんかウケる」 「誰に送った?」 「栗原とー、鈴木」 「鈴木? 同期だっけ?」 「いや。二つ上って言ってたけど」 「お前、何気に寮で可愛がられてるよな」  ポンポンと頭を撫でてやると、岩崎は眉を上げて、唇を尖らせた。 「どこが」 「餌付けされてただろ」  ラウンジをうろうろしていると、だいたい色々な人に捕まって、食べ物を与えられている。懐かない猫が懐くようで楽しいのだろうか。  思い返せば、チーム内のメンバーからも可愛がられていた。鮎川は率先してその輪に加わらなかったが、遠巻きに見ていたものだ。 「されてねーし」 「まあ、良いじゃない。可愛がられてるのは悪くないだろ」  本心では、岩崎が他の誰かに可愛がられているのを見るのはモヤモヤしたが、そう口にした。そんなことを言ったら――何かを、認めてしまいそうで、口に出来なかった。  良識のある大人のふりをする鮎川に、岩崎はまっすぐ鮎川を見て来た。嘘を許さないような瞳に、気まずくなって視線を外そうとした。 「俺は、アンタに可愛がって貰いたい」  ド直球に言われて、ドクンと心臓が跳ねた。ビックリして、手がコーラのカップに触れた。 「っ! あっ」  カタンと軽い音を立て、コーラのカップが倒れる。蓋が空いて、中身がテーブルに溢れた。 「うわ、だる」 「面倒そうに言うなよ。お前、そのでかい鞄何が入ってんだよ。拭くものないのか?」 「ない」  岩崎は鞄を守るように小脇に抱え直した。何か釈然としない。鮎川はため息を吐いた。あまり追及して、動揺したのを悟られるのも嫌だった。 「……拭くもの借りてくる」  売店の店員に言って、布巾を借りて戻ってくると、何故か岩崎は溢れたコーラを撮影していた。 「何してんの」 「ウケるから栗原に送ってる」 「やめろ」 「アンタがダサいってアピールしとこ」 「何でだよ!」  言いふらす気満々の岩崎に、顔を赤くしながら、鮎川はテーブルを拭く。岩崎はふふんと笑いながら、スマートフォンを眺めるだけで手伝ってはくれなかった。代わりに、テーブルを拭く姿を撮影される。 「おい」 「ダサいとモテねーだろ。昔みたいにモテたら、困るからな」  笑いながらそういう岩崎に、テーブルを拭く手を止める。「それって、どういう意味?」と、喉元まででかかったが、唇から紡ぐことは出来なかった。

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