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五十一 言おう?
結局、園内にある絶叫系の乗り物をすべて制覇し、鮎川はぐったりとベンチの背もたれに体重を預けた。園内はすっかり薄暗くなってライトアップが始まっており、眼下に見える光景は昼間とは打って変わって幻想的な光景になっていた。
「なんかショーもあるみたいだけど」
岩崎の言葉に、スマートフォンを確認する。時刻は十八時を過ぎていた。
「それ観てたら門限に間に合わないぞ。残念だけど、そろそろ――」
「許可取ってるから大丈夫」
「――は?」
売店で買って来たらしいソフトクリームを舐める岩崎に、鮎川は怪訝な表情をした。
「え? 許可? 僕も?」
「うん。鮎川のも出してきたけど」
「――だから、そういう事は言えって!!」
「今言った」
遊園地へ誘ったのも急だったが、なんの相談もなくすべて決めて居たらしい岩崎に、呆れてため息を吐く。
「ったく……」
鮎川は岩崎の手を掴んで、ソフトクリームを横から盗み食いした。
「あ」
「ん。美味い。まあ――じゃあ、門限は気にしなくて良いのか」
それならばショーを観て行こうか? と、提案しようとしたが、岩崎はソフトクリームをぱくりと食べると、スッと立ち上がった。
「どこ行くんだよ」
「あっち! あそこから観よう」
人ごみからは少し外れているが、小高くなっている施設のほうへと掛け合がる。ショーの近くに人が集中しているせいか、ここには人が居なかった。夕闇の薄暗い色彩の中に、岩崎のピンク色の髪がボンヤリと浮かび上がる。
「――」
その髪に触れたくなって、鮎川は無意識に手を伸ばした。柔らかい髪に指を差し入れ、地肌に触れる。岩崎がぴくんと肩を揺らした。岩崎は黙っていた。
「あ、観て」
「お」
声に、指をゆっくりと離す。岩崎の弱い部分だと知っていて触れた。岩崎も知っていたはずだが何も言わなかった。そのことが、少し寂しかった。もう、鮎川に期待していないのかも知れない。そう思うと、哀しかった。
音楽に合わせて光と影が園内に浮かび上がる。プロジェクションマッピングとダンサーのショーだった。横目に、岩崎を見る。いつもだったら、キスしていたと思う。それが出来ないのは、その先が自信がないからだ。
(僕は……)
触れたいと思う。けれど思い出が邪魔をする。
ショーが終盤になり、閉演時間に向けてチラチラと帰る人の姿が見えた。鮎川は岩崎の方を振り返った。岩崎も丁度こちらを向く。
「どうする、そろそろ行くか?」
「うん、そうだな。混雑する前に出ようぜ」
岩崎の隣を門に向かって歩き出す。最初は急な誘いに戸惑ったが、思いのほか楽しかった。八歳という年齢のギャップは、感じなかった。
(案外、感性が一緒なんだよな……)
好きなものも好きなことも似ている。岩崎とは合わないと思ったことはほとんどない。生来の鮎川は外に出るのが好きな性格だった。
「ん? 岩崎、駅はあっちだぞ」
「んー。こっち」
「まだなんか用事あるのか?」
駅とは逆方向に歩く岩崎に、首を傾げながらついていく。しばらく歩いていくと、駅近くにあるシティホテルの前へとやって来た。そのまま、ホテルの中へと入っていく。
「岩崎?」
「部屋取ってある」
「――は」
「届け出も出してあるって」
そのまま受付でチェックインする岩崎の背中を見ながら、ポカンとしたままロビーに取り残される。
「……は?」
「鮎川、部屋八階だって」
「いや、お前」
「先行くよ?」
「そういうことは、言えって!!!」
振り回されっぱなしのまま、鮎川は岩崎の背中についていった。
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