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五十九 夜明けまで
「うわー。この部屋、こんなに広かったんだな」
「物があり過ぎたんだよ」
感動している様子の鮎川に、呆れ気味に岩崎は肩を竦めた。寮の間取りはどの部屋も同じなので、岩崎の部屋と同じ広さのはずだが、これまではとても狭く思えた。すっかり慣れてしまっていたが、改めてすっきりすると、違った気持ちになる。同じ部屋なのに、新居に来たようだ。
「なんか心なしか、部屋が明るくなった気がする」
「ついでにカーテンでも変える?」
冷やかし半分でそう言った岩崎に、鮎川は真面目な顔で顎に手を当て「それも良いかも」と頷いた。
「お前、選んでくれる?」
「え? 俺?」
「センスあるだろ。デザイン部だし」
「まあ――デザイン専攻だけど……。俺、工業デザインだからな?」
「そうそう。意外だったんだよな。岩崎がデザインって」
「なんか良く言われるんだけど。鮎川の営業も相当だけどな」
鮎川は笑ってベッドに腰かけた。腕を引かれ、隣に座らされる。
「僕は気が小さいから、営業は苦手だけどね」
「でも好かれるだろ」
鮎川の首に腕を回し、ちゅっとキスをする。鮎川はふわりと笑って、岩崎の髪を撫でた。
「だと良いけど」
言いながら、岩崎の首筋にキスをする。服の裾から忍び込む手に、ぴくぴくと身体が跳ねる。
「あっ……、ん……。で、どういう、心境の変化なわけ……」
「うん――なんというか」
鮎川に押し倒され、ベッドに寝かされる。上から覆いかぶさってくる鮎川は、妙にすっきりした顔をしていた。
「僕は、あの時から強引に時計の針を止めていたけど」
「あの時?」
「進めることにしたんだ」
「――それって、良いコト?」
「良いことだよ。多分」
掌が胸を撫でる。鮎川に気持ちいいことだと覚えさせられた身体は、触れられただけで岩崎を快楽の波に突き落とす。焦らすように撫でられ、岩崎は甘い吐息を吐いた。
「鮎川……」
ハァ、と漏らす息に、鮎川が目を細める。鮎川も興奮している。そう思うと、それがすごく嬉しい。
指先が皮膚を滑る。つーっと撫でられた場所が、熱く燃え上がるようだ。快楽を引き出そうと強く、弱く、緩急をつけて身体を探られる。
「ふっ……んっ……あゆ……」
「お前の顔見てると、悪いコトしたくなる……」
「んっ……もっと、悪いコト……?」
「ああ」
囁きにゾクゾクと身体を揺らして、肌をバラ色に染めていく。鮎川は手や舌で全身を愛撫しながら、無数の痕跡を身体に刻み込んだ。
「あっ、あ……」
愛撫しながら服を脱がされ、丸裸にされる。何度も見られた身体だが、鮎川の視線がじっとりと見つめるのに、だんだん恥ずかしくなって岩崎はシーツを掴んだ。
鮎川が耳元に、小さく囁く。
「っ、変態……」
「まあ、仕方がないじゃない。そういうのも、やってみたいかなーって」
「……」
グッと押し黙る岩崎に、鮎川は「嫌ならしないけど」と笑う。
「……嫌じゃ、ねーけど……」
「寮ではやんねーからなっ!」
真っ赤な顔でそういう岩崎に、鮎川は笑って「はいはい」と答える。岩崎はむぅっと顔を顰めて、そっぽを向いた。
「――旅行でも行こうか?」
「……ヤりてーだけじゃねえの」
「岩崎はしたくないの?」
「……ノーコメント」
鮎川は「ズルいな」と言いながら、ローションを手に取り窄まりに指を押し込んだ。
「んっ」
ぐっと指を押し込まれ、一瞬息がつまる。ぐちぐちと指を動かされ、息が上がる。
「あっ、あ、ん」
「ここのところ毎日してるから、すごい柔らかいし……自分でも弄ってる?」
「バカ、か」
「でも道具持ってるし」
「んな暇、あるかっ……あっ、あ」
「確かに」
指が増え、音も大きくなる。音は、鮎川がワザと立てているのだと、知っている。羞恥心を煽られ、岩崎は唇をぎゅっと噛んで耐えた。やがて指が引き抜かれ、鮎川の性器が押し当てられる。
「ん、……ぁ」
ぞく、背筋が粟立つ。挿入の瞬間の言い難い感情に酔わされながら、身体を開かれる。みちみちと入ってくる肉の塊に、吐息が漏れ出た。早く身体を満たして欲しくて、鮎川の背に腕を回してしがみ付く。
「ん――っ!」
仰け反った首筋を、鮎川が噛みつく。何度もキスと甘噛みを繰り返され、うっ血した痕が着く。所有の証を刻み込むようにキスをされながら、奥まで貫かれた。
「ん、あっ」
ずん、と鈍い感覚が腹に響く。鮎川が自分の身体の中で脈打っている。鮎川と繋がっている、鮎川が身体の中に居る。それが堪らない。出来ることならずっと繋がっていたい感情に、自分でも頭がおかしいのではないかと思う。だが、感情は偽れなかった。
「岩崎」
鮎川が岩崎の頬に手を当て、自分の方を向ける。快楽と唾液のせいで酷い顔をしているのをあまり見られたくはなかったが、促されて視線を向ける。熱っぽい顔で、鮎川が見つめる。
「岩崎、僕が好き?」
急に問いかけられ、カァと顔が熱くなる。心臓がバクバク鳴り響いて、岩崎は思わず顔を背けた。
そっぽを向いているのを、ぐりぐりとナカを抉られ引き戻される。
「岩崎」
「っ……ん……、あゆ」
今まで「特別」と言って誤魔化していたのを、聞き出そうとする鮎川に、少しだけ恨みがましく睨んで見せる。だが涙目ではあまり効果はなかった。
「ここは、僕が好きみたいだけど」
「ひあっ!」
鮎川のを咥えこんだアナルに、指を挿入され、ビクッと身体が跳ねる。ナカを指先で覗かれているようだ。
「あ、あ……鮎川っ……」
鮎川の唇が頬に触れる。何度も優しくキスをされ、心臓がきゅんきゅんと鳴り響いた。
「――……、き……」
か細い声に、鮎川は指を引き抜き髪を撫でる。
「ん」
ぎゅうっと抱きしめられ、心臓が壊れそうだった。
(あゆ、かわ……)
鮎川の背に腕を回し、抱きしめる。互いにぎゅっと抱き合い、唇を重ねる。舌を絡ませ、唾液を絡め合った。
鮎川の動きが速くなり、何度も良いところを突き上げられ、岩崎は短い喘ぎを漏らす。
「岩崎っ……、岩……崇弥……」
名前を呼ばれ、ドクンと心臓が跳ねる。
「あ、あっ……、鮎川っ……!」
ビクビクと震え、鮎川の欲望が中で弾けた。
「あああっ!!」
身体が大きく痙攣し、快感の波が一気に押し寄せる。岩崎も殆ど同時に、精を吐き出した。
「はぁ……はぁ……」
額に張り付いた髪を、鮎川が撫でる。自然と唇が重なり、何度も唇をつけては離した。
「ん……」
ずるりと中から性器を引き抜き、鮎川は無言で岩崎の身体をうつぶせにさせる。
「? あゆ?」
「……足りない。もう一回、ヤらせて」
「ちょっ……」
背後から抱きしめるようにしてピタリと身体をくっつける。そのままグッとアナルに性器を押し当てられ、岩崎の身体がビクビクと震えた。
「ちょっと、待って……!」
「ごめんごめん」
ちっとも謝る気のない口調でそう言いながら、ぬぷぷっと鮎川が入ってくる。
「嫌がること、しないって言ったのにっ……」
「嫌がってないだろ」
ずん、と奥まで貫かれ、「あっ」と声が漏れた。感度の良くなっている内部が、挿入されただけでビクビクと痙攣する。
「すげー、ヒクついてる……」
「あ、あっ……」
ぐちゅぐちゅと突き上げられ、岩崎は快感に耐えるようにシーツをぎゅっと握りしめた。
◆ ◆ ◆
散々鳴かされ、ぐったりとベッドに沈む。身体は気怠く、指一本動かすのもおっくうだ。結局、何回イかされたのか解らない。
うつらうつらしていたのを、鮎川が揺さぶった。
「起きられる?」
「――ん、今何時……」
「四時」
「バカじゃねえの……」
まだ夜明け前じゃないかと、悪態を吐く岩崎に、鮎川は「ごめんごめん」と悪びれもせず、岩崎を起こす。
「おい、何だよ……まだ」
「着替えて」
「え?」
鮎川はそう言うと、服を拾い集めて身に着け始める。仕方がなしに岩崎も服に手を伸ばした。本心では身体が怠いし、まだ眠っていたかったが、なんとなく目がさえてしまったのもある。欠伸をする岩崎に、鮎川が笑ったのが薄闇の中でもわかった。
「ゴメン、一回で済ませばよかった」
「散々ヤってからじゃ説得力がねえよ」
「ごめんて」
口ばっかりの謝罪にため息を吐き、服を整える。岩崎の準備が出来たのを見て、鮎川が振り返った。
「お前、鍵持ってるよな」
「え? 部屋の? あるけど」
自分の部屋の鍵くらい、持ち歩いている。寮内とは言え、一応施錠しなければならないのは解っている。部屋の鍵。それから会社のロッカーの鍵。バイクの鍵と実家の鍵が一緒にくっついている。
鮎川が棚の上に置いていた赤いヘルメットを手に取った。
「じゃあ、行こうか」
「え」
心臓が妙にざわめく。期待してはいけないと思いながら、胸の高鳴りを押さえられずにいた。
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