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六十一 208号室の慣例
「マジでやるのか?」
「まあ、岩崎はやってないしね?」
「……マジで、馬鹿じゃねえの」
栗原たちに背を押され、ため息を吐く。栗原は苦笑いしていたし、首謀者の鈴木はニヤニヤしていた。聞きつけてやって来た須藤や立花はおかしそうに笑っている。
(本当に、しょうもない)
呆れながらもう一度ため息を吐いて、岩崎は視線の先を見た。視界の先にあるのは208号室。長い廊下の先にある階段では、栗原たちがニヤニヤ笑いながら様子を窺っていた。
(マジでこの風習、終わりにしてやる)
固く誓いながら、208号室のドアを叩いた。
「はい? ……って、崇弥。どうしたの?」
「これ」
不愛想にビニール袋を掲げる岩崎に、鮎川は目を丸くした。
「は? なに?」
受け取り、中身を確認して真っ赤になって袋を閉じる。
「なっ……」
「このくだらない風習を終わらせようぜ。アンタが他の部屋に回したら終わりだ」
208号室にアダルトグッズを置いてくる、というのが、夕暮れ寮に五年ほど前から広まっている通過儀礼である。理由は、鮎川がくだらないからという理由で、他の部屋に回さなくなったからだ。つまり、止めていたのを辞めれば、鮎川の部屋にアダルトグッズが置き去られるということは無くなるはずである。事の成り行きを見守っている視線を感じながら、岩崎は隣の207号室を指さした。
207号室の高崎正和は、最近メタボ診断に引っ掛かったという男で、鮎川とも仲が良い。彼ならば怒ったりしないので、問題もないはずだ。
そう思ったのだが、鮎川は袋の中身をまじまじと確認し、じとっとした瞳で岩崎を見つめる。
「なんだよ?」
とっとと回そうぜ、そういう視線で見ていた岩崎に、鮎川が小声で漏らす。
「……これ、使っちゃダメ?」
「は?」
一瞬意図が解らず、聞き返す。だが次の瞬間、理解し、耳まで真っ赤になった。
「なっ……」
「だってこれ……すごく、エッチじゃん」
「っ、あの、なあ!」
声を荒らげ、栗原たちが見ているのだと思い出し小声になる。
「あのな、見てんだよ。アイツら……」
チラリと視線をやると、鮎川もそちらの方を見た。視線を感じたのか、鈴木が慌てて頭をひっこめる。
「逆にあの子らなら平気じゃん?」
「おい」
「崇弥のナカに、挿入れたいな、これ」
「っ……!」
甘い囁きに、ビクッと身体を震わせる。鮎川が耳元に唇を寄せた。
「前は人前で平気で言ってたのに」
「おっ、大人になったら言わねえって聞いた!」
「僕は最近、お前が寮のみんなに可愛がられてるのに危機感を抱いてるのに」
「別に、可愛がられてねーし……」
ふいと視線を逸らす岩崎の耳を、いたずらに噛みつく。
「っん!」
手首を掴まれ、腕を引かれる。
「ちょっと待て、俺は同意してな」
「おいで。崇弥」
グイと引きずられ、ドアが閉まる。同時に、鍵がかけられた。
「っ、あゆ」
唇を塞がれ、舌を吸われる。ドアに身体を押し付けられ、何度も角度を変えて唇を貪られ、岩崎はだんだん抵抗する手を緩め、首に腕を回した。
「ん、はっ……」
鮎川の手が器用に動き回る。いつの間にかズボンのファスナーをおろされ、下着をずらされた。
「ん、あっ、鮎川……っ」
「自分で選んだの?」
「あっ! や、ばか……」
ぐに、と肉輪を拡げ、オモチャが挿入される。卑猥な形に曲がったバイブが、ナカを抉る。
「――っ!」
「ベッド、行こう」
「っ、ん」
腕を取られ、岩崎はビクッと膝を揺らす。歩こうとして内部を突き上げられ、膝から崩れ落ちそうになる。
「歩けない? 玄関でしても良いけど――」
鮎川の視線が、ドアの方に向く。岩崎もそちらを見た。
「……」
誰か、居そうな気がする。
「あ、あゆ……」
「ソファでも良いよ」
「……」
笑う鮎川に、岩崎は鮎川を睨みつけた。
「ヘラヘラ、笑うなっ!」
「あはは」
(もう受け取るつもりないって、言ってたくせにっ……!)
受け取らないと聞いていたから、鈴木が勧めたものを適当に選んだのだ。それなのに、使用されることになるとは思わなかった。
「嫌じゃ、ないだろ?」
尻を掴まれ、ビクッと身体を揺らす。
「――……」
岩崎は無言で、目を逸らした。
結局のところ、岩崎は鮎川に弱い。最初から、どんなことをされても受け入れてしまう。
岩崎の無言を同意と受け止めて、鮎川はソファの上に引きずり倒した。
「今度、ツーリング行くか」
鮎川の声に、視線を上げる。
「……バイク買って?」
「ああ」
結局、夕暮れ寮の通過儀礼は、208号室が空くまで、続いたらしい。オモチャがどうなったのかは――一部の人間だけ、知っているそうだ。
終わり
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