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第1話

「失礼だが」  聞き覚えのない低い声を掛けられ、ひっそりと落胆する。  同時にやはり、とも納得する。高級ホテルのラウンジに座る、明らかに年若く場違いな自分に声を掛ける目的など知れている。しばらく前から指定された席を陣取っていたがスタッフに誘導されないところから、あらかじめ指示されていたのだろう。  珍しく叔父から連絡が入ったと思えば、結局は身体を売れということか。  期待せず見上げた先は、驚くほど若く整った顔で静かに息を呑む。いつものように腹の突き出たハゲオヤジなどではない。綺麗にスーツが映え、気品というか優雅さを兼ね備えている。 「佐々木さんの――」  告げられた叔父の名に浅く顎を引きつつ、さりげなく添えられるエスコートに内心戸惑う。しかし表に出さないように席を立つ。相手に気取られてはいけない。  高い位置にある男の横顔を不躾でない程度に観察する。見た目や物腰からでも、とびきりの上客だ。今までと違うかもしれないと勝手に期待して、同時に否定する自分がいる。叔父の関係者ならば、やることは変わらない。 「名前を聞いてもいいかい?」  迷いなく進む廊下に心地よく男の声が響く。すでに部屋をとっているのか、用意のいいことだ。 「好きなように呼んでください」  現実の想い人を重ねても、好きなキャラクターでも、報われない関係である相手でも、ただ犯したいという欲望のままに、名を紡げばいい。  自分という個を殺して仮面を被り、一夜限りの都合のいい人形に成り果てる。 「そうだね……では、ユキくんにしようか」  一瞬飛ばした思考を(とが)めるように、目元を指で掬われ視線を上げる。 「まるで雪のように白くて綺麗だ」  言われて、しげしげと眺める己の腕は確かに白いが、雪というよりは陽に当たっていない不健康な白だ。だが薄い肌の色に散らばる、うっ血や歯形が映えると好む者も少なくない。さらに長いまつげの少しつり上がった猫目が快感に染まり潤むことが、より加虐を煽り立てるのも知っている。 「ユキです。よろしくお願いします」 「ああ、よろしく。イズミだ」  薄く()めば、軽い口づけが落ちた。

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