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第2話

「……ぁ、ん……イズミさ、ン」  静かな室内でちいさなリップ音と漏れる吐息が欲を煽る。  互いにシャワーを浴びて、まるで恋人のように甘くあまく触れ合う。ひとときの交わりであろうとも、呼び名のある方が盛り上がる。たとえ通り名や偽名だとしても。  エスコートに慣れていることからも、イズミは己の欲望に忠実だった今までの男たちとは趣向が違うと、頭の隅で感じつつユキは時折高い声を漏らす。そもそも醸し出される雰囲気やひとつひとつの仕草から汲み取られる社会的地位も低くない男が、何故自分のような者を買うのか――と思いかけて、打ち消す。詮索は無用だ。  相手を見て立ち居振る舞いを変える、人形。己の快感は二の次。そう叔父に男たちに仕込まれた。視界の端で、己が身につけていたバスローブが落とされる。 「ん、ふぅ……」  相手の体幹に沿って手を這わせ、互いの熱を分け合う。思いのほかしっかりした体軀。スーツがきまっているということは、上背があって筋肉が付いているのだ。  男の腹筋を堪能してから、たどり着く屹立。兆しはじめていたソレはすぐに力を持つ。 「いたずらだね」 「ぁ……だぁ、めぇ……んンっ」  舌をすり合わせて唾液を交す。一度は離れてもったりと垂れた銀糸を、途切れる前にどちらかともなく含める。驚くほど巧みに口腔内を荒らされ、息を荒げる。男の項に絡めて引き寄せたはずの腕は、力なく縋りつくのみ。同時に耳朶を(くすぐ)られ、そのまま指で音を塞がれば体内の音がダイレクトに響いて、どの感覚を追えばいいのか混乱する。  首筋を辿りながら口づけが降りる頃、ぼんやりと見上げた天井からユキはベッドに寝かされたのだと遅れて気づいた。 「あ、あぁ……ん、んぅぅ」  のど仏に鎖骨に走るちいさな痛みの後、あやされるように舌を這わされる。形のいい頭を包み、指の谷間に流れる男の髪の感触にすら声を上げる。 「いい色だ」 「……あ、っン!」  胸の突起を弾かれ、摘ままれ、強く吸われる。強請るように背を反らせ、左右に振る自分の髪がシーツに立てる乾いた音も遠い。 「あ、あ、あ……もぉ、ィっちゃぁ……だめ、ダめぇ……」 「イったらいい」  胸で絶頂できるほどユキは開発していない。確かに感じるところではあるし、喘ぎ声のリップサービスも多分に含まれている。  普段だったら穴に突っ込まれ、出し入れされ、吐き出されて終わり。ユキの快感は眼中にない。まるで恋人か何かのようにこちらの反応をうかがいつつの攻め方に、ジリジリと焦りを感じていた。先に自分が果てると身体が辛い。体力温存のためにも、男の快感を促していかなければ。 「……ン、ぁあっ!」  執拗に繰り返される胸への愛撫に、新たな扉をこじ開けられそうだ。不随意に跳ねる身体を持て余す。 「イ、……ん。イズミさ、も」 「ん?」  淡い色の間接照明から、男に視線を戻す。 「イズミさんも、いっしょに、気持ちよく、なってぇ……?」  溢れた唾液を飲み込みながら名を紡ぎ、己の熟れた乳首越しに男を捉える。前髪をかきあげて視線を促せば、驚くほどギラついた強い瞳と絡む。 「……ぁ、」 「充分煽られているが……どうして欲しい?」  カラカラに飢えた、のどで絞り出す。 「ほし、……ぃズミさ、欲しぃ」  先ほどより角度をつけた男根の感触を感じる。足を寄せて下着の上から刺激し、さらに増した力を知らされる。 「イケナイ子だね」  目元を緩め、身体を起こしたイズミはユキの望むようにさせてくれる。ベッドヘッドに背を預けた彼の股に陣取る。 「……ぁ、おぉ、きぃ」  下着から取り出した屹立の先に軽いキスをして、重さのある玉を揉む。屈んだことにより落ちてきた己の髪を耳に掛け、亀頭に舌を這わせる。裏筋を舐め上げ、見せつけるようにゆっくりと口に含む。一度は睫毛を伏せ、潤む瞳で見上げるのを忘れてはいけない。 「……ん、ちゅ、……ン、むぅぅ」 「ふ。そう、上手いよ」  詰めた吐息に煽られる。ちっぽけな自分が、この上等な男を追い詰めている。 「ん、そろそろ、放そうか……ユキくん?」  鼻を突く青臭さから男の限界が近いのを知らされ、さらに口の奥に誘う。しかし全部は入らず根元は指で煽る。 「ぐ、ぅぅ」 「無理しなくていい」  微かに首を振り拒絶を示せば、片目を眇めた男がユキの後頭部を掬って深くする。 「ん……ぅぐ……ぐぅ……んンぅ!」  上顎を喉奥を抉られる。ただの穴として、喜ばせるためだけに跪く。低く唸る声に気をよくしてさらに深く咥える。 「……ぐ、……あぁ」 「んーんー……ぐ、……は、ぁ、ぁん……んく」  滲む視界でイズミを見上げ、口腔内に吐き出された白濁を見せつけて殊更ゆっくり嚥下する。苦しいことに変わりはないが、先に男を射精させておかないと後で困るのはユキだ。 「……ん」 「無茶をする」  目尻を指で拭われる。生理的な涙が溢れたらしい。そのまま手を滑らせ頬を包まれる。顔を傾けて甘える。子どもの頃にかえったようだと考えながら、その記憶が見当たらず笑ってしまう。 「……イズミ、さぁん……」  やさしい男。  だから、戸惑う。勘違いしてしまいそうになる。自分が大切にされてもいい存在だと。 「……ぁン!」  (うずくま)ったままのユキの背に沿わせて、殿部にたどり着く手のひら。上がった顎に連動して逃げる腰は、大きな手に阻まれ許されない。 「自分で準備したのかい?」  中に埋まったプラグの出ている部分を指先で弾かれ、尻を揉みしだかれる。 「ほし、欲しぃのぉ」  何度も頷きながら、メスに成り下がった声が漏れる。頭の片隅ではそんな自分に虫唾(むしず)が走る。  処理をしておかないとそのまま突っ込まれて流血沙汰だ。どんな人間に当たるのかその場まで解らない。  身体を起こしたユキは、イズミに乗り上げる。 「イズミさん、欲し……んぅっ!」  途中まで指で抜いたプラグを、最後は腹圧を掛けてひり出す。同時にぬめった音と共に背筋を這い上がる快感にちいさな声を上げ、とろけた表情で男の頬を手のひらで包む。  ギラギラした視線に射抜かれる。 「……ぁ、」  口を付けようとして、(すす)がなければと視線を外せば、次の瞬間には強制的に合わされる。 「んーっ! ぅんンーッ!」  先ほどの比ではないほどに(うなじ)を強く固定され微動だにできず、口腔内の残滓を絡め取るかのように蹂躙される。時折甘噛みされ、ねっとりと絡ませられる舌に抵抗を削がれる。 「ん、……ん、ぁ」  これからの下肢に行われる模擬のようにすべてを奪われる。 「……信じ、られない」  己の精液など好んで味わう者などいないだろう。息絶え絶えに悪態をつくがケロリと返される。 「美味くはないがね。――おいで」  ユキの尻の状態を確認した男の指先は留まったまま。自ら動く気はなさそうだ。言葉通りユキの希望に沿ってくれるらしく、行動をじっくりと眺める余裕がある。 「自分で入れてごらん」 「っん、ぅんぁ、……はぃ、はいってぇ……ぁンッ!」 「……ん。いい眺めだ」  脈打つ男を収め、震える膝を開いて結合部を曝す。白い肌に朱が差し、皺を伸ばして頬張った穴に赤黒い逸物が入り込む。その様を好んで見る者は多い。 「……ぁ、ん。おきぃ……ゴリゴリってぇ……イっ、ちゃぅン!」 「ああ、好きなだけイっていいよ」  冗談じゃない。こちらはさっさと終わらせたいのだ。 「イズミさ、も、きもち、イぃ……?」  頭とはチグハグなことを口にしつつ、ゆらりと体幹を仰け反らせる。腹筋と括約筋を締めつつ、男のモノが入っている辺りの薄い腹に手をやる。  鋭く眇められた目を認めて、さらに追い打ちをかけるため緩く首を傾げて尋ねる。 「……ぁ、ずっと、コレ……ぁン、入れてたぃ……」  熱い幹がユキの中でさらに育つ。 「……ぁン、……あん、んンッ!」  下肢に力を入れ排泄感に背筋を震わせ、抜けきる直前で再び腹に収めてかぶりを振る。 「ぁん、……っ、やぁぁふかぁ、ふかいィッ! とま、ってぇぇ!」 「っく、自分で、動いてる……ぞっ!」  上下するユキの動きに、予測しないタイミングで奥を突かれる。言語を忘れ獣のように腰を振る。 「あん、あっ、あぁ、んっ!」  景色のブレる視界で、男の放埒(ほうらつ)が近いことを悟る。そして自分の絶頂も近い。逃れるように仰け反る身体を、手首を掴まれ引き戻される。 「あー、あーっ! ぁアーッ!」  深いところで熱い飛沫を感じる。 「……ふ。よかったよ冬季(ふゆき)」  意識を手放したユキには、囁かれた言葉は届かなかった。

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