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第3話

 バシッ!  自室に戻った直後、吹き飛ばされた。 「てめぇっドコ行ってやがったっ! ホテル来いってぇ言っただろうッ!」 「……え、」  張られて熱を持ち痛みを覚えはじめた頬に手をやることも忘れ、冬季(ふゆき)は呆然と叔父を見上げた。濁った目がつり上がって鋭く射抜かれる。普段の猫背を伸ばして仁王立ちになった彼は自分よりも遙かに高さがあり、威圧と共に刷り込まれた力の差に無意識に震える。 「クソが! せっかくの大口の客を、バックレやがって!」  酒で焼けたダミ声で矢継ぎ早に罵られ目を回す。話の順序がバラバラで詳しい内容を()むのに難儀する。だが彼はその考えに微塵も辿り着かない。言いたいことだけ喚き、人に説明するのを放棄する。  確かに珍しく着信は入っていたが、行為中で気づかなかった。  では、あの男は、イズミは、何だったのか。  帰宅すると少ない荷物をまとめた冬季を、ホテルに執拗に引き留めた男の意図は。あらかじめ、叔父の激怒が想定できていたというのか。 「そん――」 「口答(くちごた)えすンじゃねぇ!」 「……か、はっ!」  胸ぐらを掴まれて再び叩かれ、放られた先で強かに背中を打つ。さらに蹲ったところを足蹴にされる。咳き込み胃液に喉を焼きながら、内容物が入っていたら大惨事だったと冷静な部分で安堵する。 「ごめ、なさ……すみま、せ……」  理不尽でも、殊勝(しゅしょう)な態度で謝れば被害は最小限で収まる。 「てめぇで食い扶持(ぶち)も稼げねぇクセに! この能ナシ!」  それはむしろ彼自身だ。文字通り冬季が身を削って作った金を湯水のように使う。危険な界隈に手を出しているという噂も耳にしている。だが、冬季には彼を止める術も力もない。今までの経験から冬季は口を(つぐ)む。身体を丸めながら少しでも殴られ蹴られる場所を減らす。もう、どこが痛くて痛くないのか解らない。 「……ぁ、」  派手な音を立ててシャツを引きちぎられ、彼の思惑を知らされる。 「……ゃ、めぇ……」  弱々しくでも冬季の抵抗が気に入らなかったのか、さらに大きな声で唾を飛ばしながら捲し立てられる。 「ぁあ? オトコでもできたってぇか? ンなワケねぇよなぁ、誰にでも股開く売女がッ!」  頭に血の上った叔父に服をはぎ取られる。すでに力の入らない冬季はされるがままだった。 「……っくぅ……ぅ」  たとえ誰かの代わりでも、偽りでも、イズミにユキとしてやさしく抱かれたあとに、酷くされるのは辛い。身体だけでなく心が。ひとときの夢でも、たとえ今の冬季としての自分が本来の立ち位置であるとしても。  視界の端で叔父が何かを握った。酒瓶を視認し、ついにお払い箱かと観念して瞼を閉じる。彼は一瞬の感情に身を任せる。まるで癇癪持ちの子どもがそのまま成長したようだ。できれば痛くないのがいいが、贅沢なことは言えない。せめて一生醒めないのがいい。 「……ぇ、ッあ、ぁあああアッ!」  トク、トク、トク。  予期しない感触に目を見開く。  頭部への衝撃はなく、代わりに腰を引き上げられ後孔に突き立てられた無機物。ついで腹に流れてくる凍える液体に冬季は力なくもがいた。 「ひ、ぃ……やめ、おねがぁ、……ぁ、ぃやぁああッ!」  どのくらいそうされたか。遠くでガラスの割れる音と、カッと熱を持つ身体から、流し込まれたのが酒であることを実感する。 「あ、あぁぁ……」  イズミから与えられた、あたたかな形跡は欠片も残っていない。すべて流され、ないものとされてしまった。いや、今まで知らなかったからこそ、大切にされる感触を知って、落差に激しく惨めになる。 「……ぅ、くぅ……んぁぁ」  充満するアルコールの臭いに噎せる。腹が膨れるほど注がれ、不規則に揺れる視界。飲むよりも粘膜からの吸収の方が早いと、腸にクスリを仕込まれたことがあったのはいつだったか。口角を上げて寄越される卑下た笑いが、思い出したくもないのに勝手に蘇る。  暴力からなのか、酔いからなのか、思考も霧散した冬季はちいさく声を漏らす。 「もぅ、ゃめぇ……っあ、ぁああっ!」  懇願は、後孔に突き立てられた屹立によって却下された。背部から力任せに探られ、逃げることを許されない。アルコールの急激に気化する肌寒さと、男の快感のみを追う奔放な突き刺しに生み出される熱さに身悶える。 「いい締まり、だっ!」 「ぃあぁああぁぁッ!」  悲鳴を咎めるように尻を強く叩かれる。強制的に摂取させられた水分から、愛液を滴らせ男を誘うメスなのだと錯覚させられる。 「ハハッ! 好きモノがッ!」  滲む視界で救いを求めて伸ばした手は、しかし宙を彷徨う。  記憶と重なる、細い指先。 「だれ、か……」  体内の奥で弾けた熱に身を震わせながら、冬季はうわごとのように助けを()う。 「っも、ゃあ、ゆぅし……あぁあッ!」  繰り返される暴虐に、ついに冬季の意識はブラックアウトした。

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