ルイの病院に戻りさっそく出かける準備を整える。ルイは医療用カバンに怪しい薬品やメスのようなものを入れており、一体どんな回復をするのかと気になってしょうがない。この世界の医者というのは医療行為をするのだろうか？戦闘時に連れていく医者や僧侶という役職と同じなのであれば、なにやらキラキラとしたエフェクトが出て体力が回復する、異常状態が治るなどそういったイメージである。メスなど必要ない。キラキラ輝くルイは綺麗だろうなと思いを馳せる。 「片喰さんは毒消しが出せるように練習してね。僕がいれば問題ないと思うけど、念の為…」 そう言われたため待合室のソファで練習をしているが、そもそもどんな植物が毒消しなのか分からない。ルイいわく、今朝の薔薇もこの世界では薔薇という名前や存在ではないそうだ。そもそも植物に猛毒はあれど、毒を完全に消しされるものなど普通に考えたらありえない。それがこの世界にはあるとのことだが、見たこともなければ設定としてそんなものを作った覚えもない。魔法に等しい能力といっても知識や経験がないと使用が難しいということが身に染みてわかった片喰は、お金が入ったら真っ先にこの世界の植物図鑑を買おうと考えていた。 「さぁ、洞窟は遠いからね。日が高いうちに行こう。毒消し出せた？ドクオオトカゲだからヒカリハナ系か万能のツキノシズクじゃないとだめだよ」 「いやまず何言ってるかわかんねえんだ……」 ヒカリハナとやらもツキノシズクとやらも見たことがない。大量の薔薇もどきを咲かせて唸る片喰にルイは訝しげな顔をした。 「もしかして、片喰さんの国にはないの？」 「いや、そうなんだよ…」 「え！？」 能力が下手くそすぎるものだと思っていたルイは驚愕のあまり「能力が下手くそすぎるものだと思った」と口から素直に言葉が漏れる。 片喰の方も、そんなに知っていて当然のものとは思わず逆に驚いてしまった。 「それは出せなくて当然だね。リビングの机の上に花があったでしょ。あれがツキノシズクだよ。本当はヒカリハナの方が出しやすいと思うんだけど…」 ルイは薬棚の中を漁る。粉末状になったヒカリハナはあるが、調合された粉を見ても花の姿は到底想像ができなかった。 「ツキノシズクは希少価値の高く育てるのも難しい花なんだ。身近にないから木属性でも出せない人が多くて…造形も難しいから体力も使うみたいでね」 ルイがツキノシズクについて説明する。病院にいるルイは白さの中に光り輝いてより一層綺麗だ。リビングに置いてあったツキノシズクは、皮肉にもルイにもよく似た花だった。銀に輝く美しい花弁にどこか陰のある黒い茎、放っておけば消えそうな花だ。 「それで僕もあんまり手に入らなくて……えっ！？」 ルイの声にはっと我に返る。薔薇まみれになっていた片喰の右腕には数本のツキノシズクが生えていた。 「ツキノシズク！？ちょっとひとつちょうだい！」 ルイは呆然とする片喰の腕からツキノシズクを引きちぎり、スカーフを下ろして花弁を口にする。花弁は枯れることなくその美しさを保ったままルイの口にとどまった。 「ほんものだ…すごいよ片喰さん！もはやこれで食っていけるくらいだよ！能力下手とか言ってごめんね！」 自分の腕にあまりにも綺麗な花が咲き、片喰自身がいちばん驚いていた。 ただ、それ以上にツキノシズクが生えた腕の辺りが急に火傷のように猛烈に痛んで声が漏れそうになる。生命力が業火となって右腕で燃え盛っているような痛みだ。 「うっ、う……」 「片喰さん？」 「熱…痛い…！腕が、焼け……っ」 実際には火などなく、皮膚も爛れてはいない。そこにはただ美し花が居座っているだけだ。それでも腕が焼けて落ちそうな熱と痛みに片喰は腕を掻きむしった。ソファで体を丸め、必死に痛みに耐える。 片喰の脂汗とおかしな様子を見てルイははっとしたように腕を掴んで咲いている花を引きちぎる。見た目にそぐわぬ強い力で腕を掴まれた片喰は痛みと驚きで顔を歪めた。 「片喰さん。落ち着いて。僕の声をよく聞いて。右腕の熱が心臓に戻るようなイメージをするんだ。呼吸をゆっくりして。吸って、吐いて…」 「はぁっ、うっ…はぁ……」 熱が心臓に戻るイメージというのはかなりつかみやすかった。熱は元あるところに戻ろうと素直にイメージに従い、あれほどの熱い痛みはルイの呼吸に合わせて急速に引いていく。 「はぁ、はぁ……」 胸のあたりに戻っていった熱で今度は心臓が焼けてしまうのではと一瞬不安になったが、もう体のどこにも熱や痛みはない。脂汗が冷えて額を伝う。 「落ち着いた？ごめん、まさか出せると思わなくて…能力を超えて力を引き出すと命を燃やすことになるんだ。内側から焼けて、無理しすぎると燃え尽きて死んでしまう」 「そ、そうか……」 能力など元いた世界では所持していなかったため、使い方や注意点なども知らなかった。希少な花を咲かせるというのはそれだけ体力を使うということなのだろう。 「僕自身がそういう能力じゃないから…注意できなかった。ごめんね、先に説明だけでもしておけば…」 「いや大丈夫だ。もう悪くない。それより、たったそれだけで…」 ルイの足元に散らばるツキノシズクはほんの数本しかない。どれくらいあれば効くのかわからないが、少ないような気がした。 「いや、これだけあれば大丈夫。ありがとう。落ち着いたら行こうか」 ルイは優しい笑顔で片喰の背を撫でる。 「いや、大丈夫だ…遠いんだろ？早めに行こう」 片喰はすっかり回復していた。ルイの能力かと思ったが、そういうわけでもない。推しに撫でられたという片喰専属ブーストのようだ。 推しは健康にいい。推しは万病に効くのだ。 「それじゃあ行こうか」 ラフなパーカーではなく手術着のようなシャツに白衣をきっちりと着込んだルイに促され、片喰は立ち上がった。