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第4話 推しとクエスト

ゲームの設定でギルドと名付けていた二階は、受付がいくつかと掲示板があるだけのいかにもお役所といった空間だった。設備はそれだけしかないが、人はかなりごったがえしている。特に掲示板の前には朝早くだというのに人だかりができており、背の低いルイは前が見えず顰め面をしていた。 「片喰さん、掲示物見える?右上に双葉のマークがあるのが木属性向けなんだ。いくつか取ってくれない?」 「あぁ」 人だかりの誰よりも背が高い片喰はひょいと手を伸ばして双葉マークの掲示物を数枚剥がした。ゲーム内の文字設定は作りこんでいなかったが、日本語になっていてしっかりと読めた。ゲームを始める際にふざけて中国語にしなくてよかったと片喰は改めて過去の自分に感謝した。 掲示物には草刈り、庭木の剪定、八百屋見習いなどアルバイトのような仕事が並んでいる。どれも基本的に日雇いや短期の仕事のようで、1000イムから2000イムの料金が提示されていた。 「日雇いで8000円以下…ブラックだな」 「どういう意味?」 「薄給だなという意味だ」 ゲームを遊んでいるときに購入できるのは装備品や魔道具などバトルに用いるものが中心だ。生活用品は売っていないため物価がわからない。もしかしたらこれが適正なのかもしれないが、どうしても元いた職場の給料と比べてしまう。もう少しいい条件がないかと掲示板を見渡すと、右上のマークが複数ついてあるものがあった。双葉の横に、骸骨のようなマークがある。直感的にこれが毒なのではないかとつい目がとまった。 「ルイ、複数マークのやつはなんだ?」 「え?あークエストかな?取ってみてくれる?」 剥がしてみると、討伐クエストだった。いよいよゲームらしい内容に少し心が踊る。給料は5000イムと表記があり、雑用の値段設定とは雲泥の差だ。 「えーっと、木と毒属性の募集…へぇ珍しいな。報酬も高いし、僕が手伝えるといいけど。毒の洞窟での討伐クエストか…道理で…」 ルイの目が掲示物を往復する。長い銀の睫毛がふさふさと動く度に光を弾いて目が釘付けになる。この世界はやはり美形が多いようだが、ルイは別格だった。オタクの贔屓目かもしれないがここまで可愛さと美しさを兼ね備えた存在はない。ゲームで人気を博した立ち絵だけのルイではなく、動きや設定が追加されたことでより儚く寂しげな存在になってより一層魅力的だ。 「…って片喰さん聞いてる!?」 「いや、すまん…なんだ?」 ルイのアメジストのような瞳が急にこちらに向けられ、片喰は内心飛び上がって驚く。なにか一生懸命話していたようだ。 「このクエストの話だよ。お金、高い方がいいんでしょ?片喰さんも毒消し草が出せるようにならないとだけど…僕も手伝ってもいいよ」 「なに?」 改めてクエスト詳細に目をやる。毒の洞窟内に不審な影が出入りするようになり、元々住んでいたドクオオトカゲが住処を追われて人の住む範囲まで来ているため調査と討伐を依頼すると書かれている。毒を自在に操り、なおかつ自身は毒におかされない毒属性と、毒消しを用意できる木属性が選ばれるわけだ。ドクオオトカゲは毒こそ厄介だがモンスターの中でもそこまで難易度の高い生き物ではなかったはずだ。ただ、非戦闘員NPCであるルイを連れて行ってもいいのか、そもそもNPCは街を出られるのかという疑問があった。 「助かるが…ルイは医者だろ?戦えないんじゃないか?危ないだろう」 「なんだそんなこと?僕、実は元軍医なんだよ」 「え?」 ルイはなんでもないような顔をしてクエストの紙を丸めている。そのまま受付まで持っていき、ポケットからじゃらりと金色の懐中時計のようなものを係の人に見せてあっさりと提出してしまった。 「僕自身は確かに戦闘には向いてないけど戦場には慣れてるんだ。今回は怪我をすることもないだろうし、毒を浴びる盾になるだけだよ。何かあっても守ってくれるでしょ?武闘家さん?」 「はい、受け付けました」 受付のNPCが機械的に書類を受理する。自分の知らない設定の多さに片喰は目を白黒させた。そもそも元軍医ということは、今何歳なんだ。軍などNPCでは設定がないが、どうなってるんだ。本当にここはゲームなのだろうか? 聞きたいことはたくさんあったが、ルイの知らない側面を見たことと、戦闘という言葉に胸が踊りひとまず疑問は飲み込むことにした。 「…デートってこと?」 「えーっ、何言ってるの片喰さん!仕事だよ」 頭に思い浮かんだ言葉はうっかり出てしまった。

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