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第3話 仕事を探す

ゲームをしているわけでもない、ただひたすらに考えているだけで朝になってしまったのはいつぶりだっただろうか。眠らないのではなくねむれないという夜はもう来ないと思っていたが、そういうわけでもないらしい。一晩中ルイのことで頭が埋め尽くされ、悲しげな笑顔と声が張り付いて離れない。ついでに口内も脳裏に焼き付いて消えない。邪な気持ちばかりではないが、元々ガチオタクなので仕方ない部分もある。 遠くで鶏のような声がする。時計はないが、明るさからもう十分な朝だろうと片喰(かたばみ)は身を起こした。頭の痛みもすっかりなくなっている。 一緒に寝ては殺してしまうかもしれないからとルイは昨日早々に自分の寝室へと引きこもってしまい、与えられた部屋には片喰ひとりが寝ていた。元々誰かの部屋だったのか、ひとりが過ごすのに十分な設備が整っている。 身支度をしてから部屋を出ると、香ばしい珈琲の匂いがした。 「あ、おはよう片喰さん。具合はどう?」 「おはよう。大丈夫だ。ルイは随分早起きだな」 キッチンでは寝間着のままのルイが朝食の支度をしていた。珈琲が注がれているのはビーカーのような気もするが、知らぬふりをする。昨日ルイは自分の毒を警戒して食器を渡さなかったのだ。ビーカーなら粘膜がつくことはなく、大丈夫だと判断しているのだろう。きっとそうだ。習慣ではないと信じたい。網膜に焼き付けるのは推しの可愛い寝間着姿だけでいい。いや、珈琲をビーカーに注ぐルイは考えてもみれば解釈一致だ。むしろ素晴らしいポイントである。 「朝食、俺の分も?悪いな」 「ひとりもふたりも一緒だよ。あ、でも…」 ルイは不安げな顔で目玉焼きを見ている。言わんとすることを察して片喰はひどく寂しいような気持ちを覚えた。自分がもっとルイの設定を練っていればこんなことにはならなかったかもしれない。 二人分の皿を持ち、テーブルまで運ぶ。ルイはばつが悪そうな顔でカトラリーを持ってついてきたが、観念したように食卓についた。 「気にするな。今日は仕事着じゃないのか」 話しかけると、目玉焼きを口に運ぼうとしていたルイが返事をするべきか口に入れてしまうべきか迷ったような動きをした。結局ルイはカトラリーを置き、スカーフをつけなおした。 申し訳ないことをしたなという思いもありつつ、一挙一動が愛おしく、先程まで自分のせいかもしれないと反省していた心はどこかへ飛んで行ってしまった。 「今日は休診にしようと思って。片喰さんの仕事を一緒に探しに行こうかなと」 「俺の仕事?適当にひとりで探してくるよ。病院が休んだら大変だろ」 「だめだよ、属性も曖昧だった人が仕事のシステムをわかってるとは思えないし…病院はここ以外にももうひとつあるから大丈夫だよ」 確かに、ルイの言う通りだった。ハローワークなりコンビニになり行くつもりだったが、よく考えればゲームにそんな施設は作っていない。そして身分証のようなものもない。そもそも職業というのも、バトルにおける役割のようなものであって実際に仕事というわけではない。おつかいクエストなどをこなせばお金は手に入るかもしれないが、そもそもそういったクエストという概念が存在しているかどうかも怪しい。現実世界で考えれば、通りすがりの見ず知らずの人間に声をかけて頼み事を聞いて報酬をもらうようなものだ。ないだろう。そうなると、何をすれば賃金が発生するかなど知る由がなかった。 「確かにな…それなら申し訳ないが頼む。どこへ探しに行けばいいかもわからなかった」 素直に頭を下げると、ルイは微笑んだ。そしてさくさくと朝食を食べ終え、着替えをするからと自室に戻ってしまった。自室から出てきたルイはラフなオーバーサイズのパーカーに黒のスキニーというシンプルな恰好をしていた。ゲームの装備にはないような現実的な服装だ。高露出の甲冑や魔法使いローブのようなものしかないと思っていたが、あくまで戦闘における正装の立ち位置のようだ。相変わらずのスカーフは白衣がないと若干の違和感があったが、ゲーム時の立ち絵には白衣しかなかったルイの私服に片喰は思わず拝んだ。拝みつつ、初期の装備を派手にしなかった同期と自分に心の底から感謝した。あのときに動作確認をするから一番コストの高そうなものにしようとサンバのような衣装にしていたら、片喰は目覚めた瞬間からその命を絶っていた可能性まであった。 「なに?そのポーズ…怖いんだけど…早く行こう」 ルイは玄関でブーツを履くと、片喰を先導して外に出る。病院を経由する必要があるのかと思っていたが、家と病院の間の庭には柵があり、そこにお洒落な出入口がついていた。 柵の外、初めて外の世界を目にした片喰は、しばらくその場から動くことができなかった。 街並みは洋風だがいたって普通のレンガ道だ。クリスマス前のドイツのように浮かれた飾りや屋台のような店がそこかしこにあり、異常な賑わいをみせている。変わったデザインの動物を引き連れている人もいれば空を駆けていく人もいて、修正で何度も目にしたゲーム通りの世界だ。ここは戦闘で体力が尽き、リスポーンした際に通る景色である。リスポーン地点であるこの病院から左に行けば大きな噴水広場や酒場、武器屋があったはずだ。右に出れば、街から出ることができる。初めて来たのに何度も通った覚えのある道に、感動すら覚えた。 「すげぇ…俺も空飛びてぇ……」 「えぇ?風の属性じゃなかったら魔道具がいるけど、結構高いよ。10000イムくらい。使い魔でもいいけど扱いが難しいしね~」 唖然としている片喰にルイは気付かず、さっさと歩き出す。冷静に返された片喰は頭の中で必死に値段設定やデザインを思い出していた。この世界の通過はイムであり、課金の際は200円で50イムが買えたはずだ。金銭感覚がそれで正しいのかは不明だが、10000イムは日本円で課金すれば40000円ほどだろう。確かにそこそこ高めだ。ゲームにつけられていた星ひとつの評価に、課金が高いと書いてあったことを漠然と思い出す。 「特殊職以外の仕事は酒場で見つけるよ。片喰さんガタイがいいから、仕事ありそうだね」 ルイに手を引かれるというご褒美を受けながら酒場まで連れていかれる。二階建ての建物で、一階が酒場で二階がクエストなどを受注できるギルドだったはずだ。実際に住んでいる人々は酒場とまとめて呼んでいるのだなと片喰は変なところに感動する。 「実際に住んでいる者として、やはりギルドと酒場が一緒になっているのは不便か?別の建物の方がいいだろうか」 「え?まぁその方が便利に違いないけど…片喰さんに言ってどうなるんだよ」 ルイに笑われてもお構いなしに片喰は街に釘付けだ。片喰の様子のおかしさに気付いていたが、元から突拍子のない男だったため気にせず酒場に引きずって入る。室内は荒くれ者どもで溢れかえっているようなイメージだったが、実際は比較的清潔感のある小綺麗な飲み屋だった。朝から酒を飲んでいるような人はおらず、かなりがらんとしている。奥に進むと螺旋になった階段があり、その前にひとりの男が立っていた。 「ルイ先生!どうされたんですか?病院を離れてギルドとは珍しい」 最初仏頂面をしていた男はルイを見るなり明るい笑顔になった。 「移住希望の男を拾ってね。仕事を探しに来たんだ。木属性なんだけど、あったかな?」 「相変わらず先生はお優しい。今朝たくさん追加されていましたよ。どうぞ見てきてください」 男は階段に目をやる。片喰は男に軽く会釈して、階段をあたるルイに続いた。

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