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梅月園
***
「ただいまぁ」
バイトが終わるのは夜の9時。まだ高校生だからあまり時給の良いバイトでもないけど、少しずつ貯めて将来のために貯金をしている。
「遊兄ちゃんだ!おかえりなさーい!」
「お帰りなさい!遊兄ちゃん!」
「お帰りなさーい!!」
血のつながらない弟や妹達が、元気に僕を迎えてくれた。部屋に向かう僕に、楽しそうにくっついてくる彼らの頭を撫でながら、制服を脱いでハンガーに掛ける。
「あれぇ?なんか今日遊兄ちゃん嬉しそうだね」
「え、そう?」
「うん、なんかニコニコしてるー」
「僕はいつもにこにこしてるよ?」
子供たちの前で着替えるのは慣れてて別に恥ずかしくない。お風呂も一緒に入るし。
「じゃなくてぇ、なんかにやにやしてるー」
「何それ、ほんと?」
それは少し聞き捨てならない。完全にあやしい人じゃないか……。
「遊、帰ったの?」
「梅月先生」
僕の保護者である、梅月先生が部屋に顔を出した。
「ご飯食べて、お風呂入っちゃいなさいね。その後、話があるから」
「はい」
どんな話なのかは分かっている。ちなみに、もうとっくに子どもたちはご飯を食べ終わってお風呂も終わってる。だから僕もさっさと済ませて来い、ということだ。
もうお風呂の栓は抜いてあったので、僕は水道代がかからないよう意識して手短にシャワーを浴びた。
ここにいる高校生は僕一人だけ。赤ん坊の頃に駅のコインロッカーの中に棄てられていた僕は、梅月先生に引き取られてもうずっとここにいる。
同じ年の子も何人かいたけど、みんな里親に貰われていった。もちろん、僕にも何度か里親の話がきたけど、いつも変なことがあってその話はいずれも無いものとなった。それで、この年になってもここにいる。そして、高校を卒業したらここを出なければいけない。
「どう?遊、考えなおしてくれた?」
シャワーを済ませて晩御飯を食べ終わった後、梅月先生はやはりあの話をした。
「その話ですけど、やっぱり僕は受けません」
「どうして?悪い話じゃないでしょ?」
梅月先生は、僕に自分の養子にならないかという、とてもありがたい提案をしてくれているのだ。でも、
「僕が先生の養子になったら、先生は僕を大学へ行かせてくれる気なんでしょうけど、僕は勉強は苦手だし、大学に行く気はないんです。そんな大金があるなら、この施設のため、あの子たちのために使ってあげてください」
大学に行くのにどれだけのお金が必要なのか、僕は知っている。僕は頭が悪いから、国立の大学へは行けないだろうし、奨学金も受けれるわけがないんだ。(そのへんは僕のやる気の問題もあるんだろうけど)
それに、ただでさえあの子たちは色々なことを我慢しているのに……そりゃあ僕だってかつてはそうだったけど、僕はもうあの子たちよりも大人だから、大抵のことは我慢できるんだ。僕が先生のお金で大学へ行くなんて、とてもじゃないけど考えられない。
「まだそんなことを気にしてるの?でもね、遊。絶対大学は出ていたほうがいいのよ!あなたはその、特殊な出生だから。色々うるさく言う人達もいるでしょうけど、大学さえ出ていればね、就職だって――」
「大学出てたって、言う人は言うでしょう?」
「それはそうだけど、でも、絶対将来のためになるから!」
「僕はそう思いません」
「もう……また平行線ね」
梅月先生はふう、とため息をついた。こんな僕を養子にしてくれるだなんて、すごく嬉しい提案だけど……
「僕は、高校に行かせてもらっているだけでも感謝しているんですよ、先生」
僕は、ひとりで生きていこうと思っているから。
写楽に好きだって伝えても、殴られも罵られもせずに受け入れてもらえた。それだけでもう、僕は十分すぎるほど幸せだから、ひとりだって平気なんだ 。
もともと僕はひとりだったから、今更誰かに執着されるなんて、そっちのほうが少しこわいかもしれない。そう思ったら、僕は彼のペット程度の存在でよかったのかも。
……自分から告白したくせに。
『じゃあお前、今日から俺のペットな』
ふふっ。写楽って距離の取り方、うまいよなぁ。
「もう、何でそんな嬉しそうな顔してるの?遊」
「え?」
「ひどいわねぇ、私は真剣なのに」
「いえ、あの……思い出し笑いっていうか……すみません」
自分ではそんなつもりはないのに、写楽のことを考えるとつい顔がにやけてしまうみたいだ。さっきは子供たちにも言われたし、気を付けなきゃ……。
「まぁいいわ。あと一年はあるから、ちゃんと真面目に考えてちょうだいね?どういう選択が自分に一番いいのかってこと」
「はい」
1年後のことは、それなりに考えている。けど、今の僕には、明日のことを考えるだけで精いっぱいなんだ。
写楽に会えるのは嬉しいけど、リナさんのせいでクラスメイトに僕が変態だと思われてしまったから、明日からますます過ごしにくくなってしまうなあ。じゃあ違うのかって言われたら、強く否定はできないけど。
だって、彼のことを想像するだけで、僕は……
「おやすみなさい、梅月先生」
「おやすみ、遊」
子供が7人もいるこの園の中では、夜中でさえ、トイレでさえ、自慰なんかできない。
「は……ッ」
布団の中で、勃ちあがったものをなんとか抑え込んでしまおうとして、僕は目を瞑った。
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