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それから
あれから2年が経った。俺はオヤジに言われた通り、今は大人しくイギリスの大学に通っている。日本での高校二年間は、遊の勉強を見る以外はほぼ勉強なんてしてなかったから勘を取り戻すのに苦労したけど今は特に問題ない。とりあえず留年もせずに、大学にも大学の奴らにもまあまあ馴染めている。
別に馴染めなくても良かったんだけど……どうやら俺の顔はイギリスでも結構モテるらしく、面白いことに今俺の親友ヅラしてやがるのは金髪のモヒカン野郎だ。
もちろん、あのクソモヒカンとは別人の、生粋のイギリス人だ。お前どうやってこの大学受かったんだよって疑問に思うような同類のアホだけど。
日本とは全く環境の違う日常は毎日が刺激的で、時間はあっという間に過ぎて行く。けど相変わらず、遊のことを想わない日は無い。
遊とは電話はせずに手紙のやりとりだけを続けていた。(遊がメールは苦手だって言うから)俺は遊の声を聴きたかったけど、遊は俺の声を聴いたら泣くって言うし。
遊はあの後、梅月先生の養子になることにして、バイトもせずに猛勉強に明け暮れて地方の国立大学に合格したらしい。せっかく養子になったのに、今は梅月園も出て一人暮らしをしていると聞いた。
生活面の心配は全くしてないけど、あいつ男だけど可愛いから変な男(もしくは女)に狙われてないか心配になる日々だ……まあ、信じてるから大丈夫だけどな。
平常心では電話も出れないくらい、遊はまだ俺に惚れてるみたいだし。
でも、声が聴きたいし会いたい。文字だけのやりとりと夢の中で会うだけじゃもう物足りなくなってるんだ、俺の方は。
会ってあいつに触れたいし、めちゃくちゃに抱き潰したい。そういうのは健在だから、離れているとホント困るっつうか……うん、困る。俺は健全な若い男だし。
時々、シズネとは電話をする。俺は昔と違って少しは大人になったから、ぶっきらぼうな態度じゃなくてちゃんと大人らしい態度で話せている。もう19歳だから当たり前だけど。
伊織と華乃子も元気に過ごしているらしい。俺がいなくて淋しそうだけど、電話をしたら二人ともいつも元気な声を聴かせてくれる。
オヤジは小山に双子を引き取らせると言っていたけど、何故か未だにそれは実行しておらず、二人を自分の子供として認知し続けている。理由はよくわからないけど、やっぱり俺みたいに将来は自分の手駒にしようと企んでいるのではないかと俺は思っている。
その時が来たとき、伊織や華乃子がそれを望んでなければ、俺はあいつらを助けられるくらいにはなっていたい、と思う。
クソババアとオヤジは離婚して、案の定クソババアは更に発狂して今は精神病院に入院しているらしい。実家に返されたけど、実家の連中には発狂したババアの面倒は見れなかったようだ。それでババアの実家とは相当揉めたみたいだが、それはオヤジが水面下で動いていたこともあって丸く収まったとか。
……オヤジが何をしていたのかは、今でも俺は知らない。
大体イギリスに来ても、オヤジも祖父も仕事ばっかりしてて俺と顔を合わすことなんて殆どないから、俺は相変わらずでかい家で使用人たちと暮らしている。特に大きな不満はないけど、淋しくないと言ったら嘘になる。
悔しいから、絶対誰にも言わないけどな……。
*
「写楽様、行ってらっしゃいませ」
「おう」
日本では着物姿だった使用人たちは、ここでは洋装のメイド服を着ている。俺はそれを見るたびに、何故か割烹着姿がよく似合ってた遊の姿を思い出すんだ。
あー……マジで、会いてぇな。
会いに行こうかな……。
いきなり俺が目の前に現れたら、あいつはどんな顔して驚くんだろう……。
「プッ」
想像したら、噴いてしまった。
「なんか朝から楽しそうだね、写楽」
……ん?
聴きなれた声よりも少し低めのトーンで後ろから話しかけられて、俺はゆっくりと振り返った。そこには飴色の縁メガネをかけた、キノコみたいな黒髪の日本人が立っていた。
「ゆ……う……?」
「イギリス、来ちゃった」
少し伸びた身長と、メガネの下に隠れてはいるが、零れ落ちそうな大きな瞳。
「何で!?は、つーかマジで、聞いてねぇし……!え!?本物だよな!?」
「写楽、驚きすぎだよ」
あまりのことに驚いて、俺はうまく言葉を発することができない。2年ぶりだというのに、あまりにもカッコ悪い姿を晒していた。けど、それすらも自分じゃ気付いていなかった。
そんな俺とは裏腹に、遊はしてやったりという風に微笑んでいて。
「明日から数ヶ月間、同じ大学の学生だから。よろしくね」
「はあ!?それっておまえ、留学したってことか!?金は!?」
「今まで貯めてたバイト代使っちゃった。それに勉強しすぎたせいですっかり目が悪くなっちゃったよ……頭は少しよくなったけどね?」
そう言って、遊は分厚いメガネを外した。するとそこには 懐かしい顔があった。
本当に……遊が、俺の目の前にいる。夢じゃない。
「写楽、会いたかったよ」
「……っ!」
それは俺のセリフなのに。
でも俺が何も言わないから……胸が詰まって何も言えないから、遊が代わりに言ってくれたらしい。
「あの時おじさんに言われた答えはまだ明確には見つかってないんだけどさ……とりあえずはね?またしばらくは一緒に居られるよ!」
「おう……」
「びっくりした?」
「さっきからびっくりしてんだよ」
「ふふっ、じゃあ大成功だ!」
遊の方から会いに来てくれるとか、俺の考えの中には無かったから。それはあまりにも意外で、あまりにも嬉しくて……。
ああもう、嬉しすぎて何も言葉が浮かばねぇよ!
「遊っ!!」
「わっ!」
だから俺は返事を返す代わりに、相変わらずの細くて小さな体を強く抱きしめて、往来で激しいキスをしてやった。
きみしかいない【終】
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