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君を縛る言葉
そして、次は遊の方を見て言った。
「梅月くん、君は写楽とは逆だな。どうして与えられるものを素直に受け取ろうとしないんだ?」
「与えられるもの……?」
「聞けば、君の保護者である梅月先生は、君を養子にして大学まで行かせたいそうじゃないか。なぜそれを拒否する必要がある?勉強が嫌いでしたくないというのは、単なる君の我儘だよ。人間は生きている限りずっと学習し続ける生き物だ。動物だって同じように学習するだろう?」
「………」
遊がずっとそれを拒否していたのは、いずれ梅月先生の元から離れるためだった。けど確かに今となっては、それを拒否する理由は無い筈だ。遊が進学したいという話は一度も聞かなかったけど。
「今勉強から逃げたって、同じことだ。というか、写楽と一緒に居たいなら君はもっともっと勉強しなくてはいけないよ」
「……え?」
「沢山勉強をして、知恵を付けて、どうすれば写楽と一緒に居れるのかを考えなさい。分からなければ、分かるまで考えるんだ。幼い子供のようにただ泣き叫ぶだけじゃなくてね」
「……」
そして、オヤジはもう一度俺たちをジロリと睨むと大きな溜息を吐いた。
「ったく、なんで私がここまで言わなきゃならないんだ。高校生にもなって、手のかかる子たちだな……」
「「……」」
「お前たちの関係が安っぽい恋愛とは違うというなら……依存でも、それが愛というのならばちゃんと私に証明してみせなさい。話はそれからだよ」
そう言って、オヤジは先に車に乗り込んだ。そしてその場に残された俺たちは……
「写楽……ごめんなさい」
「え?」
唐突に遊に謝られて、俺は面食らってしまった。遊は俯いたまま続けた。
「おじさんの言うとおりだ……僕は写楽とずっと一緒に居たいって思ってるのに、その方法について自分で考えたことが無かった。ただ写楽に付いて行こうってそれだけしか思ってなくて、でもそれって結局ただの押し付けだよね」
「んなことっ!だって俺も今まで真剣に考えたことなんて無かった!都合の悪いことからは逃げてばっかだったし……」
大体、引っ張りまわしてたのは俺の方なんだから、遊が謝る必要なんてないんだ。ましてや、一緒に居る方法なんて……
「でも、これからは考える」
「!」
「どうしたら一緒に居られるのか、君に任せてばっかりじゃなくて僕もちゃんと考えるよ」
「遊……」
そして、遊は顔を上げた。出逢った時と変わらない、黒目がちな大きな瞳でまっすぐに俺を見つめてくる。相変わらず、涙で潤んでると零れてしまいそうな……俺が、一番最初に遊に惹かれた部分。
「写楽……少しの間離れててもずっと僕のこと好きでいてくれる?」
「そんなの当たり前だろ!何年離れてたって、俺はお前のこと……っ!」
好きだと言い切る前に、遊はコツンと俺の胸に額を擦り付けた。
「遊……?」
「寝ているきみの心臓の音を聴くのがとっても好きだったよ。生きてるって……僕は今、きみと生きてるんだって実感できて……」
「……」
「きみがいないとダメだとか、殺して欲しいとか、今まで縛るようなことばっかり言ってごめんなさい」
縛る?遊は、本心じゃなくてわざとそういうことを言っていたんだろうか。
それでも、俺は……
「縛っとけよ、これからもずっと」
「え?」
「俺、お前に縛られんの別に嫌じゃねぇぞ」
そう言ったら、遊は久しぶりに笑った。泣きながらだけど、今までで一番最高の笑顔を俺に見せてくれた。
「じゃあ……縛ります」
「おう」
そんな宣言してするもんか?束縛って。しかもなんか気合い入れて深呼吸までしているのが可笑しい。
いつの間にか雪は止んでいたけど、相変わらず外は寒いのに俺たちは今寒さなんて全然感じていない。というか、寒くたっていい。その方が、お互いの体温をより実感できるから。今触れているのは、手だけだけど……。
そして、遊は言った。
「僕は、また写楽に会う日まで死なない」
「へ?」
「だから写楽も、もう一度僕に会う日まで絶対に死なないで」
「……」
「約束だよ」
遊、お前って本当に……極端なヤツだな。でも、俺はそんなお前に惚れたんだから、今更だけどな……。
「ああ、約束する」
「うん」
「絶対、死なねぇって約束する」
「うん」
「そんで、出来るだけ早いとこ答えを見つけて、お前のこと迎えに行くから」
「……うんっ」
ん?今、また妙な間があったな。……まあ、いいか。
「写楽坊ちゃん、そろそろお車の方へ」
「君も早く病院に戻りなさいよ、寒いやろ……」
空気を読んでんだが読んでないんだか、俺と遊はオヤジの部下と医者にそれぞれ呼ばれて引き離された。
「じゃあな、遊」
「うん。……またね、写楽」
「おう」
また明日学校で会おうなってくらい軽いノリで、俺たちは別れた。
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