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第2話 18歳
リョウ達は十八歳になった。施設では年長組になり、必然とコウスケやシズカ、ユウトとの結束が強まっていた。皮肉にもそれがリョウを縛り付ける繋がりになっていく。コウスケだけならまだしも、シズカやユウトも面談を断っていた。リョウには彼らの考えが全くといって良いほど理解できかねない。
ある梅雨の時期、全ての授業を取りもつ四十代の女性、黒柳先生がユウトを呼び出した。それが二月続いた。ユウトが黒柳先生の部屋にこもる時は決まって、三時に授業を終えてから六時の夕食前まで、ユウトは部屋から出てこない。
「あれは食われてる」
食堂で夕食の支度をしていたら、隣でコウスケが鼻で笑う。細い人参をスライスしていた彼は、軽く腰を動かして何かの真似をしているようだ。
リョウの目にはとても汚い物として映った。
「なんだよそれ」
リョウは水の入った鍋に目を戻す。
「言葉の通りだ」
「叱られてるのかも知れないのに、なにをのんきに」
隣でコウスケが吹き出す。リョウはムッと唇を尖らせて、彼に視線を移す。コウスケはその精悍な顔で安堵するように笑っていた。
「黒柳はああいうのが好みだったんだな」
コウスケはふと顔を歪め、まるでリョウと同じことを考えていたみたいに、汚い物を吐き出すように舌を出した。彼はこれぞ正しい美貌、と表したいほど整った顔立ちをしている。切れ長で冷ややかな目元、薄い唇、高い鼻、しっかりとした骨格、誰よりも背が高く、惚れ惚れするほどに筋肉質だった。どんな風にしても彼は美しい。
「ああいうのって?」
リョウの疑問に、皮肉屋なコウスケはすっと真顔になる。次にリョウの髪をかき回したり頭を小突いたり、色々と誤魔化してくる。
「それより沸騰しているぞ」
コウスケに指摘された通り、火にかけた鍋がポコポコと沸騰している。リョウは慌てて人数分のパスタを茹で、庭で取れた形の悪いトマトでソースを作る。野菜と肉の屑を入れ、煮詰まったソースをヘラで混ぜる。コウスケに味見をさせていたら、
「まだ出来ないの」
食堂に入ってきたシズカが早くしろと手を叩く。先生でもないのに、場を仕切ろうとする性格のシズカは、冷蔵庫から炭酸水を取り出す。
「おい、勝手に飲んだら黒栁がうるさいぞ」
コウスケの注意は、仕切り屋のシズカにとって気に障るのだろう。
「俺に指図しないでよ、リョウちゃんと料理番を出来るんだから、それで満足してなよ」
半ズボンに白いポロシャツという服装で、昔から茶色い髪の毛を耳にかけ、年を追うごとに中性的な美貌は一層気高く、真っ直ぐな背すじ、脚のすらりと伸びた颯爽たる長身、褒めるには言葉が足りないくらいだ。
ふとコウスケがシズカの細い腰を蹴る。いつものように、じゃれ合いのつもりだろう。リョウは相手にせず、念のため火を止めた。
「くそが」
冷蔵庫のドアを勢いよく閉めたシズカが仰け反る。しかし直ぐに身体をぐるりと回し、コウスケの脇腹に脚をめり込ませる。コウスケと背の近いシズカはその細い身体を使って反撃した。
「っう、お前」
コウスケが横に倒れる。あっ、これはやばいなと思ったら、コウスケの下敷きになっていた。
「お、重い」
「ぅいってぇえなああ……え」
コウスケは先ほどシズカに脇腹を蹴られたのに、何事もなかったように起き上がり、リョウの顔を覗いてくる。リョウは床に頭を打ちつけて、仰向けで倒れていた。
「直ぐに起こしちゃだめだ」
リョウの肩に手を回して起こそうとするコウスケに、シズカがすんでの所で止めに入る。
「リョウちゃん、ごめんね」
くらり、としたがリョウはゆっくりと頷いて見せた。
シズカとコウスケがいつにも増して真剣な顔でこちらを見てくる。
「リョウ悪い、お前が近くにいながら、こいつにちょっかい出すなんて」
コウスケが手を出してくるが、横からシズカに手を取られる。
「コウスケ大丈夫だよ、シズカありがとう」
リョウは起き上がり、コンロを見回した。ソースもパスタも大丈夫そうなので一安心していたら、シズカに繋いだままの手を引っ張られる。
「シズカなに? もう大丈夫だって」
手を解こうとぶんぶん振り回すが、シズカは心配そうに顔を近づけてくる。彼の儚い美貌が、地味な顔立ちの自分を見ている。嫌だなと顔を背けたら、シズカがふっと息を吐いた気がする。細くて短い吐息は、どこか諦めたような音をしていた。
「何でもないよ」
シズカを見ていたら、横でコウスケが泣き出した。
「ど、どうしたの」
コウスケの頬に空いている手を添えたら、彼は泣くのをこらえるように声を吐き出す。
「あと二年だ、二十歳になればここから出られる。そうしたら、俺と一緒に住まないか」
なあ、いいだろう。とコウスケが涙声で懇願してくる。
「駄目に決まってるよね、リョウは俺と暮らすんだよ、ねっ」
そうだよねぇ、とシズカが舐めるような目で見てくる。
「外で会ったら駄目だって、加奈子先生が言っていたじゃないか、駄目だよ」
「内緒にすれば良いだろう」
「そうだよ」
そこまで自分との未来を考えていたのか、とリョウは絶句する。
「何してる」
黒柳先生の部屋にいるはずのユウトが食堂に顔を出した。ユウトは真っ直ぐにリョウの元に近寄ってくる。次にリョウの腕を両脇から引っ張るコウスケとシズカの手を払う。
「こいつにふざけた真似をするなよ」
嫌な空気だ。ユウトの機嫌が悪い。
「鍵は取ってきたか」
コウスケがユウトに聞く。ユウトはキーホルダーに繋がった五本の鍵を目の高さまで持ち上げて見せびらかす。
「でかした」
すかさずシズカが鍵を奪うと、ユウトはことさら顔をしかめる。
「物置部屋、裏玄関、門の鍵まであるね、セキュリティ雑すぎるだろう、どうなってるんだよ」
「早く複製してこい」
コウスケが急かすと、シズカは「指図するな」と言い残して食堂を出て行った。
一人、リョウだけ話について行けないでいる。どうしてユウトが施設の鍵を持ち出しているのか、真面目に聞こうとしても馬鹿を見るのは自分だけだ。今はできるだけ争い事に巻き込まれたくなかった。嫌だ、怖いな、逃げたい。ちょうど神様がリョウを見つけてくれたのか、とても心優しい老夫婦がリョウを引き取りたいと申し出ていたからだ。もちろん断る理由もない。自分はついに選ばれたのだ。リョウは養子縁組みに同意していた。
一ヶ月後、朝一に最終面談を終えたリョウは、その日を気分良く過ごした。夕食前、加奈子先生と黒栁先生に呼び出しされても、床から脚が浮くような幸せな気分だった。
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