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「あ、その花も綺麗ですね」
レジの傍らに置いてあるシオンの花を見て言われた。
「ああ、これはシオンという花です。あいにくこちらは売り物ではなくて……」
「そうなんですか?」
「はい。いうなれば、僕の恋人、みたいなものです」
愛しげにシオンを見つめてしまい、思わず目の前のお客様のことを忘れてしまう。さらに自分が口にした言葉に自分で照れくさくなった。
「ああ、すみません。変な事言っちゃって。話し相手、です」
「変じゃないですよ。花が恋人だなんて、なんだかロマンチックですね」
「花は、言葉が分かるんですよ。やさしい言葉をかけると喜ぶし、そうするともっとキレイに咲いてくれます。でも、この花は僕の話し相手だから、ちょっとかわいそうかもですね」
「そうですか? 綺麗に咲いてると思います」
そう言われて顔を上げると、恋人に似た男性もやさしい視線をシオンに向けていた。こんなことは久しぶりだ。動揺を隠しながらサンプルの花をラッピングし、代金をもらった。
「あの、本当にありがとうございます。きっと美紀のやつ喜ぶと思います。ピンクとか好きなんですよ。本当、助かりました」
「いえいえ。本来売り物ではないものを押しつけるようなことしちゃって。でも、役に立てるなら花も喜ぶと思います。気に入ってもらえたらいいんですが」
ありがとう、と笑顔を見せた男性に藤崎も思わず微笑んだ。営業用の愛想笑いではないそれは、もう何年も自然に出たことがないものだ。自分でもどこか不思議な気持ちになりながら、手を振る男性を見送った。
(何だろう、この気持ち……)
胸の奥がざわつくような不思議な感覚に、藤崎は両手でエプロンを握りしめた。ほんの少しの会話だったが、それはなにかの予感を思わせるようだった。
◇ ◇ ◇
砂浜を歩きながら、藤崎は何度も振り返る恋人の笑顔を見上げた。素足にサラサラとした砂が心地よく、歩く度にキュッキュッと音がする。
――鳴き砂って言うんだって。この音、お前にぴったりだな。
一歩進める度に足元が鳴いた。それが似合っているなんてなんだか恥ずかしい。誰が歩いても同じ音がするじゃないか、そう言おうとして無音な事に気が付いた。確かに彼は目の前で歩いているのにシンと静まりかえっている。波は打ち寄せているのに、波音さえない。
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