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 母親はしばらく悲しみに打ちひしがれていたが、働かなければ生きていけない現実は、刻一刻と迫ってきた。体が弱く親戚などもなかった彼女が、ひとりで子育てと生活を両立するのは容易ではない。  仕事に出てしまった母親を待つ生活は、孤独と不安で形成された。心配をかけないようにと幼い頃から敏感に空気を察する子供だった。  新しい父親だといって紹介されたのは、小学四年になった頃だった。誰かに頼って生きる事を選択してくれてよかったと、今は大人になった藤崎だから理解できる。  義父はとてもいい人でやさしく、時間を作っては遊んでくれる人だった。それでも生活の中に母親以外の他人が入って来たことで、藤崎は自分の感情をさらに中へとしまい込んだ。  中学に上がってすぐに体の弱かった母親が病気で倒れた。少し前から体調がおかしいことを隠していたのだという。心配性の夫に気を使わせたくないと、病院のベッドで微笑んだ母親の細い手を握り締め藤崎は泣いた。  夏を待たないで母親が亡くなり、義父と二人だけになった。穏やかな日々がしばらく続いたが、その義父が女性を連れてきた時、自分の居場所はもうここにないような気がした。  ――義父さん、ごめんなさい。僕、家を出ます。  短い間だったけれど、思春期を含め本当の子供のように接してくれた人に頭を下げた。幸せになってください、と告げれば、その気持ちを酌んでくれたのか、泣きながら抱きしめてくれた。  藤崎が十八歳を迎えたばかりの、冬のでき事だった。 ◇   ◇   ◇  営業を終えた店内の作業スペースで、藤崎は朝刊に挟まっていた広告の束を手に取った。その中には本日オープンの文字が踊った派手な一枚が入っている。近くに大型ホームセンターが今日から営業を開始したのだ。その中には大手チェーンの花屋が入っているから、少ない客を持って行かれるのは必至だ。ただでさえ小さく個人経営の店が受ける煽りは、瞬く間に死活問題になると安易に想像できる。  今日の売り上げにも如実に出ていて、いつもより客足が伸びなかった。実際問題、年々売り上げは落ちている。新規の顧客を獲得できないのがその要因だ。売り上げを記入するたびに赤文字が増える。その度にため息は深くなり、削れるものといえば、藤崎の食費しかなかった。店の宣伝もあまりできていないのも問題だ。今のままの顧客だけでは先は明るくないだろう。  花屋は見た目と違って体力的に厳しい世界ではあるが、やりがいは感じるし、お客様の笑顔を見るのは嬉しく思う。 

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