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 思い出に捕らわれすぎていることは自覚はしている。けれどどうしても心の整理が付かない。時間が経てば忘れる、時間が解決の一番の薬だ、周りの友人からも何度となく言われた言葉だ。でもそれは藤崎にとっては逆効果だった。時間が経てば経つほど、奥村の記憶は濃く胸の中に刻まれていった。  彼との新しい思い出で上書きができない分、今までの楽しかったでき事がセピアの中で深くなる。この気持ちはきっと自分だけしか分からない。だから今でもどれほどのものなのかなんて、誰にも言えないし理解してもらえないだろう。 「店長?」 「あ、ごめん。ちょっとボーッとしてた」 「体の調子、悪いですか? 少し顔色が……」 「ううん、平気だよ。それより、その店長ってのやめてもらえないかな?」  カラになった花桶を持った藤崎が振り返ると、どうしてですか? と真宮はにっこりと笑った。不意を突く彼のやわらかな笑顔に、どうしてもドキドキさせられてしまう。 「んー、じゃあ藤崎さん、でいいですか?」 「まぁ、それでいいか」  赤くなったのを気付かれないように、レジの脇のコルクボードに配達メモを貼り付けた。しばらく真宮の視線を感じていたが、少しして店先から呼ぶ声に彼は仕事に戻っていった。 「ちょっと忙しかったから、疲れてるのかな」  シオンの花にチラリと視線を流し、話しかけるように呟いた。  夕方過ぎになると、前日に藤崎が作った商品はほぼ売れてしまっていた。ホームセンターができても、季節物のアイテムは出がいいらしい。明日の準備をしようと花のチェックをするためにシートを取りだした。  空の色と同じ青のエプロンをつけた真宮は、花桶の水替えを始めている。今日、何度もそうして眺めたように、再びボンヤリと真宮を見つめている。  赤っぽい茶色の髪は癖毛でピンと跳ねている。くっきりとした二重は目を大きく見せる。笑うと口角が上がり、王子かアイドルかというようなあまいマスクは、藤崎でも油断をするとドキッとさせられた。仕事をしているときは真剣な眼差しで、一文字に閉じられた形のいい唇は引き下がっている。そういう表情は奥村に似ていると思う。 (ん……?)  花桶の花を移し替えるときに、真宮が何やらブツブツと呟いている。聞き耳を立てれば、どうやら話しかけているようだ。 「明日は、買ってもらえるよ。大丈夫、とてもキレイだから」  そんな風に聞こえてきた。胸の奥がキュンとするような感情があがってくる。愛しげに見つめながら、残ってしまった花に言葉をかけていた。 「真宮くん……」  藤崎はポツリと呟いた。彼が初めてこの店に来たのは、妹のために花を買いに来た時だった。シオンの花の前で少し話したのを覚えている。 (花は言葉が分かるって言ったこと、覚えてたんだ)  心が揺さぶられた。胸の深い場所を掴まれた気がした。そんな小さな事だったが、藤崎は大きく真宮に引き寄せられたのが分かった。トクトクと心臓が鳴る。心地のいいあまく疼くようなそれに、胸の前でギュッと手を握りしめた。

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