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 藤崎は大きく息を吸って吐き出した。夜の薄闇の中で青白のテントが微かに見える。しばらくその下で目の腫れが治るのを待っていると、店の脇から慌てたように人影が出てきた。 「ふ、藤崎、さん!?」 「あ、真宮くん……?」  心配そうな真宮の顔は、藤崎を見つけて安堵の表情に変化させた。そして足早に近寄ってくると、がっちり両側から腕を掴まれる。 「大丈夫ですかっ!」 「え、うん。大丈夫だけど、どうしたの?」 「どうって……三十分って言ってたのに、帰ってこないから心配してたんですよっ」  案ずるような顔の下に焦りと怒りを織り交ぜて、けれど強く言えない葛藤が見えた。 「一時間以上も経ってますよ? どこまで行ってたんですか? どうしてこんなに体、冷えてるんですかっ」 「あ、ああ。そんなに経ってたんだ。ごめんね。心配かけて」 「とにかく、中に入りましょう」  真宮は重い袋を片手で軽々と二つ持ち、もう片方の腕は自然に藤崎の肩を抱き寄せた。力強く暖かい彼の腕の中にすっぽりと体が収まる。こんな風に触れられることも久しぶりで、ドキドキする気持ちが押さえられなかった。  部屋に入ると外との温度差に頭がぼんやりする。なのに体の芯は冷えていて目元はフワフワと熱くなった。 「ごめん。あの、お風呂入っていいかな。さすがに冷えてしまったみたい。夕食、遅くなるけど……」 「気にしないでください。毎日食べさせてもらうのも悪いので、これキリのいいところで切り上げますね」 「えっ、でも……」  一緒にいて欲しい、と言いかけてやめた。今の藤崎は中途半端に奥村と真宮を重ね、そして寂しさを紛らわせる材料も上乗せしている気がしたからだ。心の中で奥村が占めていた部分に、真宮の色が滲み出しているのも分かっていた。ヘテロであろう真宮には、こんな気持ちはきっと迷惑だ。分かっている。 「――うん。分かった。ごめん」 「そんなに何度も謝らないでください」  藤崎に背中を向けて座った真宮は、パソコンに向かって作業を始めた。そのまま藤崎は風呂場へと向かい、追い炊きをしながら温くなった湯に体を沈める。冷え切った指先からゆっくりと熱が伝わり、毛細血管がジンジンと痺れてきた。

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