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手がかり —探索—
食事を終えた後にシャワーを借りた。
やっと体を洗えて一息つけた心地だけど、新しい服はまたもやバスローブだった。
下着はない。
なんか、そういう行為をする為に存在しているような扱いで、正直すごく不愉快だ。俺のスーツ返せ……いくらクーラーが効いているとはいえ、こんな南国でスーツは嫌だけど。
スマホも返して欲しいと頼み込んだが、『どうせ圏外だよ?』と一蹴された。
あたりまえだ、誘拐犯が被害者にスマホを返すわけがない。
ベッドの上で大の字になって手足を伸ばした、何もすることがない……暇だ。だけど、仕事のこと考えなくていいなんて、すごい解放感だ……俺は犯罪に巻き込まれたんだから、仕事ができないんだ。
ズル休みじゃない。
今頃日本じゃ騒ぎになってたりして。俺のスマホは連絡が取れなくなってるはずだから、家族も心配してるかもしれない。
捜索願いとか出てたり、警察とか総出で山とか探されてたらどうしよう……。
俺、グレイの恋人になっちゃったから、合意って事になっちゃうよな……。さすがに強姦で警察に突き出すのはもう難しそうだけど、拉致監禁はれっきとした犯罪だろう。
こんなのバレたらアイツら逮捕されちゃうじゃん……何やってんだよ、約束された将来棒に振ってまで、俺になんの価値があるって言うんだ。
考えがまとまらずにぐちゃぐちゃしてきた! 自分でも自分がどうしたいのかわかんねええっ!
ベッドからサッと起き上がった。ジェイスにもらった薬を塗ったら、痛みもだいぶなくなってきたし……これなら動けそうだ。
部屋のドアノブをひねると、あっさりと開いた。鍵はかかってなかった……というか、そもそも付いていなかった。
これじゃぁ監禁でもないな、島から出る手段がないから軟禁だけど。
コテージの中をウロウロしようとしたら、窓の外にジェイスを発見した。
陸地だ! 完全な水上コテージってわけじゃなかったんだな。窓を開けると、物音に気付いてジェイスがこちらを振り返った。
「ジェイスー! 俺も外に出たい」
これで出してくれるのか否か、俺に自由があるのかどうかのテストだ。
「おー! 来いよ!」
「……靴ないんだけど」
サラッと出てこいと言われた。どうやら俺が思っていたより、俺は自由だったらしい。
バンッと、俺の隣の部屋が開いてグレイが出てきた。お前隣の部屋だったのか。
「これ、洸也の分」
手に持った黒い手提げ袋を俺に差し出してきたので、何かと思って中身を見て眩暈がした。
「これっ、俺の私服っ! 靴まである! 家に入ったのか!?」
「まさか、同じものを買っただけ」
確かによく見たら全部新品だ。
「グレイ……今更だけど、お前って俺のストーカーなの?」
恐る恐る聞いたら、ニコッと笑って俺の手を引いて歩き出した。何で返事しないんだよ怖いな!
引かれていった先は俺の部屋で……えっ、何で!? 部屋に戻れって事!? 怒った!?
「ごめん、ストーカーじゃない! グレイは俺の恋人だよな!!」
急いで訂正したけど、ベッドにドンッと突き飛ばされた。ヤバい、ヤバい! 絶対怒ってる! また泣かされるの? 俺ッッ!
突き飛ばされてうつ伏せになっていた体を起こそうとしたら、またバスローブを開かれて腰まで脱がされた。
「お願い、痛くしないで!」
俺には懇願することしか出来なくて、怯えるように目を瞑ったら、ブチュッと液体を出す音が聞こえた。
冷たい感触が肌に触れて、ビクッとしたんだが……塗られた場所は肩だった。
「……なに?」
「日焼け止め塗るだけだよ?」
紛らわしいんだよお前はッッ……!!! っていうか、絶対わざとだろ!!
「洸也は日に当たると赤くなるよね」
「そーだな……」
もう、お前が俺の何を知ってても驚かないからな。
自分の手が届かない背中に塗ってくれるのはありがたいが、あいにくと服を脱いではしゃぎ回る予定はない。
大人しく塗られていると、後ろから胸元までヌルッと手が伸びてきて……。
「怯える洸也、すごく可愛い」
耳元で息を吹きかけながら言われて、ゾワワっと背筋に何か走った。
「お前……っ!」
性格悪いなって言おうとしたけど、怒らせるのだけは避けたいので、グッと黙った。
黙ったというのに、グレイは俺のアゴをガッツリ掴んで固定してくるし、マジで怖いッ……!
「痛くしないなら、セックスしてくれる?」
「……俺、外行ってみたいんだけど」
それって、拒否したらまた打たれるんだよな? どっちみちヤられるなら、痛くない方がマシだけど、自分から承諾するのは避けたい。
「じゃあ、あとで、ね?」
またあざとく首をかじけてくる! ね? っじゃねーよ! それ、俺はYESって言わなきゃいけねーの!?
背中に日焼け止めを塗り終わったのか、残りを俺に渡して『楽しんで』と、部屋から出ていった。
なんか、弄ばれた気分だ……。
着替え終わった頃合いに、ジェイスが俺の部屋まで来て、コテージ内を案内がてら外に出た。
ちなみに下着は、俺が持ってるものと同じものが入っていた……下着まで把握されてるなんて、恐怖でしかないんだが、もう驚かない。
コテージは食事なんかをする一番大きい部屋と、個室が四室あった。結構大きい……しかも吹き抜けの自然あふれる感じじゃなくて、全室冷暖房完備。
つまり、しっかり電気が通っている……スマホが本当に圏外なのか、少し怪しくなってきたな。
俺のいる部屋は水上だったが、コテージの半分以上は陸に乗っていた。そうは言っても砂浜だったが。
「周辺見てきてもいい?」
そうジェイスにお伺いを立ててみる。できれば内陸部にズンズン歩いていきたい……人がいたら助けてもらおう。
「構わないが、この島は狭すぎてなんの面白みもないぞ」
「ちょっと歩きたいから、ちょうどいいな」
「崖もあるから気をつけろよ」
狭すぎるなんてのはフェイクかもしれない。砂地から草の生えている方へ、木のある方へと歩き出す。山と言うほど傾斜はないが、だんだん登っていく自然豊かな獣道は、社蓄で体力が落ち切った俺にはかなりしんどい。
10分ほど歩いて、だんだん息も上がってきて……これ、本気で迷子になったら俺ここで野垂れ死ぬしかないのか? なんて不安が押し寄せてくる。
獣道も、脇の草むらとほぼ判別がつかなくなって来た。コテージに引き返せるように、そろそろ戻ったほうがいいかもしれない。
この先に人が居たとしてもパスポート無いし、不法入国で捕まるんじゃないか? 助けを求めたくても、事情を説明したくても、英語もできないんだから会話もできない。
まずいかな、まずいな! うん、引き返そう。
俺はなんて意思が弱いんだろうか、しかし意地を張って死ぬよりはマシだ。
捕まって異国で勾留されるくらいなら、あいつらと一緒にいて日本に帰してもらう方が安全な気もする。尻は掘られるけど、既に二回ヤられてんだからこれ以上はもう一緒だろう。
引き返そうと心に決めたところで、木々の合間から空が見えた。もう少し行けば開けたところに出ると思って、あと少しだけど歩みを進めてみようかと、また意思がグラついた。
このまま先に行って何があるのか、二人の元に引き返す事を後悔しないように……結果を早く確認したくて早歩きになった。
前しか見ていない状態の時に、後ろからガサガサカザッと派手に葉が動く音がして、跳び上がるほどびっくりした。
野生生物!? ビビり散らかして後ろを振り返ったら、めちゃくちゃ焦った顔のジェイスが居た。
「コーヤ! それ以上行くな!」
「俺がこの先に進むと不都合があるのか!?」
「ある!」
前を向いて歩みを進めようとしたら、腕を掴まれて引っ張られた。
「それ以上行くと落ちるぞ」
「えっ!?」
「それとも死にたかったか」
自分の少し前方を見れば、陸地が続いていなかった。草が茂った先に断崖絶壁……罠みたいな崖の登場にゾッとした。
多少強引にジェイスに引っ張られて、よろけたところをその厚い胸板で受け止められた。
「いや、助かった……ありがとう」
「はぁ……良かった」
ギュッとかなり強く抱きしめられて、そんなに心配したのかと、なんだか申し訳なくなる。
しかし、なぜここに? ずっと俺の後ろをつけて来ていたんだろうか。なんか監視されてるみたいで釈然としない……いや、みたいじゃなくて監視されてるんだろうな。
「俺が死んだらグレイに殴られるか?」
少し捻くれた感情で意地悪く問いかけた。いい加減苦しくて腕を押して放してもらおうとしたが、その太い腕はびくともしなかった。
「グレイはもちろん立ち直れないくらい悲しむだろうが……オレだってそんな結果はごめんだ」
その言葉は真に迫るように吐き出されたが、それでも俺は白々しいと思ってしまう。
本気で俺のこと心配しているようで、コイツは俺を誘拐してグレイに引き渡したり、俺がレイプされるお膳立てをする協力者だ。
飯が美味いのと、気立がいいのと、飯が美味いのと、世話焼きなのと、飯が美味いところは好きだけど、絆されてはいけない。
「お前の心配は業務上だろ?」
自分でも意地の悪い事言ってんなーと思いながら、監視されている事に拗ねていた。
「本気で心配したに決まってんだろ! 8年も見てきたんだぞ!」
「は……?」
えっ? はっ!? 8年……!?
「ちょっと待て、なんの話だよソレ」
まさか、俺って8年間ストーキングされてたわけ!?
「……コーヤ、本当に覚えていないのか!?」
やっと腕から解放してくれたと思ったら、今度はそのまま抱え上げられそうなくらい、がっちり両二の腕を掴まれた。
「話が見えない、8年前に俺とお前らになんかあった?」
「いや、オレは関係ない。コーヤとグレイの問題だ……グレイは一日も忘れたことはなかったぞ」
「そんなこと言われてもな……」
心当たりがないぞ……? あんな綺麗な瞳の色と栗色の髪の外人、一度会えば忘れるはずない。
「人違いなんじゃねーの?」
それで拉致されて強姦されたんじゃ、たまったもんじゃねーけどな。
「一度グレイと話せばいい」
ジェイスが俺の手を握って、ズンズンと進み出した。手、デカい……! そして熱い! ただでさえ気温が暑いのに、手から熱が伝わってきてより暑く感じる。
「人違いなんて単語は、グレイの前では出すなよ……殴られるぞ」
「――っ! りょーかい……」
獣道を引き返している最中に、会話はほとんどなかった。ただ暑い気候と、手のひらの熱が俺を責めているような気がした。
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