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【最終話】明かし

 コテージの近くにある長い桟橋に、結構大きなクルーザーが停泊する。  なんだこの高そうな船、俺はてっきり渡船みたいなのが来るとばかり……。  中から2人スタッフ的な人が出てきて、グレイと話している。当然のように日本人じゃない……本当にここ日本なんだよな?  2人は俺のところにも挨拶に来てくれて、普通に日本語で会話できてホッとした。  グレイに手を引かれてクルーザーに乗り込めば、コテージより高級そうな内装で、開いた口が塞がらない! 「部屋じゃん!」 「着くまでくつろいでね」  少し奥まった部屋には大きなベッドまであって、シャワーも付いているらしく、もはやホテルだ。 「もしかして、行きもこれ使った?」 「もちろん、洸也はそのベッドでぐっすり寝てたよ」  だろうな! 寝不足だった俺が、こんな気持ち良さそうなベッドに置かれたら、爆睡するに決まってる。  俺が1週間過ごした無人島から、到着までには約3時間かかった。  船中でも色々あったが、それは割愛する。主にエロい事だ。  グレイが到着前に1着のスーツを出してきて、服を剥かれた俺に着るように促した。 「そのスーツの色」 「気付いた? 僕の瞳の色に合わせたんだよ」  だんだんグレイの色に染められていくみたいで、なんだか気恥ずかしい!  俺にはとても買えないような、高そうなスーツを着て、鏡で確認する。  少し青みがかった綺麗なグレーのスーツに、深い青のネクタイ。程よく健康的に焼けた肌に、耳には赤いピアス……。 「別人じゃん!」  そう口に出して、突っ込まずにはいられなかった。  コレで出社したら、俺だって判断されないレベルだぞ! 「ハハッ、よく似合ってるよ」  そうご機嫌に声をかけてきたグレイは、黒いシャツに黒いベストとスラックス、そこにやけに目を惹く赤いネクタイ……足なっが! 似合いすぎてモデルかと思ったわ。 「お前がな」 「惚れ直す?」 「カッコいい」  正直に感想を伝えると、グレイはすごく喜んだ。 「なんでスーツ?」 「ゴアイサツするからだよ、はい、お土産」  土産? なんの? 疑問に思ったまま船の表に出れば、理由はすぐに分かった。  船が停まるであろう予定の場所に、俺の家族が……いた。 「なんで!?」 「洸也は新人研修って事になってるから、よろしく」 「はっ!?」 「ハハッ、僕が無計画で拐うわけないでしょ」  計画犯罪!!!! 「入社前の健康チェックと体力づくりとして」 「あながちウソじゃないのが余計にイヤだ」    マリーナに来ていたのは母親と高校生の妹だった。  俺を見るなりお袋は『垢抜けたわねぇ』なんて言いながら、俺のスマホを渡してきた。  俺のスマホ……そんなとこに居たのかよ!!  新人研修って方便を信じてくれたおかげで、大事にならなかったけど、お袋が人に騙されないか心底心配だ。  妹はグレイと、後ろから現れたジェイスを見て、ミーハー全開でワーワー騒いでるし。 「恥ずかしいからやめろ」 「アレ? お兄ちゃんピ……」  と言いかけて、俺とグレイを交互に見て黙った。  多分バレた。  ジェイスの運転する、黒いSUVの高級車で実家まで送られるが、俺はその車内の匂いを強烈に覚えていて、気が気じゃ無かった。  グレイはマジでデリカシーがない。  俺をレイプした車に、親を乗せるな。  後日談としては、俺はグレイとジェイスの住むマンションに引っ越す事が決まった。  退職のための必要書類は、引っ越し前に郵送で送られてきた。  グレイはどうやら俺を引き抜く前提で、以前から手を回していたらしい……。  さすがに挨拶くらいはと、菓子折りを持っていけば、上司が敬語を使ってきて、本気で気持ち悪かった。一体どんな説明をされているのかは、恐ろしくて聞けないまま、元職場から早々に立ち去った。  島から帰ってきた途端、次々と出てくるグレイの根回しに、怖さを通り越して感心さえする。  あんなストーカー野郎と一緒に居るなんて決めてしまって、本当に良かったのか? と結構本気で悩んだが、まぁ、好きになったものは仕方ない。  俺が流されやすく、楽天家なこともグレイはきっと織り込み済みだ。  一通り身の回りの整理が終わったら、グレイが既に経営している会社で雇われることになった。  ジェイスも同じように雇われていて、社員はグレイ社長と、ジェイスと、俺の3人だ。  ポジションとしては、ジェイスが護衛で、俺が秘書的な仕事をするらしい。秘書業なんてしたことないけどな!  俺はグレイが次期社長を務める、超大手企業の社員になるとばかり思っていた。そんな事は俺のミーハー心を満たすだけのものなので、すぐにどうでもよくなった。  それより給料が、残業代込みだった前職の2.5倍になった事の方が重要事項で……これで妹の大学費用を援助してやれると思ったら、グレイの靴でも舐めたい気分だ!  舐めるなら違うとこにしろって言われるだろうけど。  あまりロマンチックじゃない話をすると、俺がグレイに雇われてもいいと思った理由に、経済的な事があったことは否定できない。  ちょっと金で買われた感は否めないけど、そんな俺の浅ましい思考も、分かった上なんだろうと思う。  そして今日は、グレイの家に引っ越しをする日だ。  しばらく居候状態で寝泊まりしていたから、新居にワクワクするなんて感覚はない。  しかし、気持ちとしては嫁入り気分だ。 「洸也、迎えに来たよ」 「お、おう」  グレイが段ボール1箱と俺を迎えに来た。  乗ってきたのは当然のように、件のSUVだ……この車も、すぐに乗り慣れた。  運転席からジェイスが降りてきて、俺の段ボールを受け取ろうとする。 「グレイ、ジェイス……あの」 「ん?」 「なんだ?」 「これから、よろしくお願いします」  段ボールに頭をつけるようにお辞儀をすると、2人がフッと笑う気配がした。 「こちらこそ、よろしくなコーヤ」 「1か月以内に、愛してるって言わせてみせるからね」 「俺の愛は安くないぜ」 「そういうところだけ強情だよね、洸也って」  先に車に乗り込んだグレイが、中から俺に手を伸ばす。  その手を取って、俺は車に乗り込んだ。  拘束も、強制もされない俺の意志で、今日からグレイについていく、ずっとずっと傍にいる。  その理由は簡単だ、愛してしまったからだ。  まだ、言ってやらないけどな。

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