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証し
翌日船が到着するまでの間、コテージの中の荷物を出来るだけ一箇所にまとめて、帰り支度をした。
最後はゆっくり過ごすといいと言われ、なんとなく部屋のベッドに腰掛けた。
たった一週間しか居なかった部屋なのに、離れるのは少し寂しく感じる。
あー……帰ったら家族や会社になんて説明しようか……。こんな小麦色に焼けた肌じゃ、病欠してましたなんて言い訳はできないよな。
もう辞める会社への言い訳なんて、考える必要もないか。無断欠勤でクビだって言われたら、退職願を出す手間が省けてむしろラッキーだ。
問題は俺に捜索願いが出ている場合だな、携帯も繋がらないんだから、可能性は十分にある。
特に俺の家族はよく連絡を取りたがるから、お袋には心配させてるだろうな……。
台風の気配なんてちっともない、青い空と海の景色を眺めていると、コンコンとノックの音が聞こえた。
「洸也、入るよ」
ノックなんて初めてされたな。
グレイが何か箱を持ってきて、俺の横に座った。
「これ、洸也にして欲しいと思って」
グレイが箱を開けると、手のひらサイズのプラスチックの塊が入っていた。
「なにこれ」
「ここを押すとピアスが耳に刺さる」
「!!!!???」
つまりこれは、耳に穴を開ける装置!!!
ピアスしたいなんて思ったことなかったから、自分の考えも及ばなかった事に、純粋に驚いた。
「体に傷をつけることだから、イヤだったら断ってくれていいよ」
「おっ、おー……イヤではない、けど、心の準備が」
俺の耳にピアス……それは似合うのか!? 正直想像もできない。
「この中には、コレと同じのが入ってる」
そう言ってグレイが左耳の耳たぶに付いている、赤いピアスを指さした。
「その素材何?」
「ルビーだよ」
「宝石ッ!」
そうだよな、グレイが偽物石のピアスなんて着けるはずもない。
「中のは針がついてるから、ちゃんと穴ができたら正式に贈るよ……指輪の代わりにって、思ったんだけど」
「……正直、俺にピアスって似合うか?」
「似合う!!!」
うぉっ、食い気味に答えて来た。
「洸也の綺麗な黒い髪の間から、真っ赤なピアスが見えたらすごく素敵、すごく綺麗」
そこまで言われると照れくさい!!!!
「ここに僕のものだって、印を着けたい」
「うっ……!」
右耳に熱を帯びた声で囁かれたら、ゾクッとした。
「お願い、僕にここ……開けさせて?」
「ぅ、ぁ……い、いけど」
「YESッ!」
流された感は否めないが、嬉しそうに両手でガッツポーズを作るのが可愛くて、思わず笑ってしまった。
俺、グレイとお揃いのピアスすんのか……なんか恥ずかしいな。
耳を冷たく冷やされて、感覚が鈍くなったところにパチンと刺された。
ちょっとチクッとしたくらいで、思っていたより痛くはない。それより、物が貫通している感覚が奇妙で、気になって触ってしまう。
「あまり触らないで、ほらこんな感じ」
グレイが向けた鏡を見ると、右の耳たぶに赤いピアスが着いていた。
「うわっ、本当に着いてる」
「すごく似合ってるよ」
チュッと触れずに音だけ耳元で鳴らして、グレイは箱を持って立ち上がった。
「あれ? もう片方は?」
確か箱の中には穴を開けるやつが、2つ入ってたけど。
「片方だけの方がオシャレでしょ? 僕も左だけだよ」
確かにグレイは左にだけ、3つもピアスが着いてる。ピアスって両耳の耳たぶに1つずつってイメージが強かったが、そういうもんなんだろうか?
「洸也の服も持って来てもらってるから、船がついたら着替えてね」
そう言い残して、グレイはご機嫌に部屋を出ていった。
グレイが部屋を出た後、そんなに間を空けずに、ジェイスがさっきの箱を抱えてコソコソと入ってきた。
「コーヤ、耳見せろ」
「え、なんかミスってた?」
ジェイスに言われるがまま、髪を耳にかけて見せると、はぁとため息が聞こえた。
「もう片方も空けてやる」
「グレイが片方でいいって……」
「それ、ゲイと思われて、誘われる可能性あるから」
「……ッ!!!!」
アイツ! やりやがったな!!!!!
「コーヤは元々ゲイではないし、周りにそう思われるのはイヤだろ?」
「まー……グレイと並べばすぐバレそうだけどな」
「そうだな、いっそオレも同じのにするか」
ハハッと笑いながら、ジェイスが左耳を冷やしてくれる。
「勝手に開けて怒られないか?」
「コーヤが変に誘われたりする方が問題だ……オレはまぁ、殴られるのは慣れてる」
「俺が絶対殴らせないから」
「コーヤのおかげで、殴られる回数が減りそうだな」
「むしろゼロにしないとだろ」
左もジェイスに開けてもらって、鏡で見れば自分の両耳に赤いピアスが光っている。
なんか自分じゃないみたいだ……。
「ジェイス、ありがとう」
と、手鏡を下すと、ジェイスからは口にキスされた。
「これでコーヤの半分はオレのものだな」
「んなっ……!」
「終わったー?」
「ッ!!!!???」
ジェイスに顎クイされたところで、入り口にグレイが立って声をかけて来た。びっくりしすぎて、心臓が口から飛び出るかと思った。
「なんだ、わざとか」
「ジェイスに片耳残してあげたんだよ」
なんか昨夜に引き続き、2人のものにされた感があるな……心なしかジェイスまで積極的に迫ってくるし。
グレイが近づいてきて、俺の左耳の髪を撫でて、ピアスを確認する。
「うん、綺麗だ」
「それ言われんの、恥ずかしい」
「これからずっと言うから、慣れてね」
チュッと口にキスされて、甘い空気に頭も心もフワフワする。
幸せだなって感じるのと同時に、このコテージでの3人の生活は、もう終わりなんだよな……なんて思ってしまった。
「なぁ、またここに来れる?」
「気に入った? いいよ、また3人で来ようね」
グレイは帰ったら忙しいだろうから、なかなか実現は難しいかもしれない。それでも、約束してくれたのが嬉しかった。
ふと窓の外を見れば、白い船がこちらに向かってきていた。
「船だ」
「あぁ、迎えが来たね」
「さて、支度するか」
ここに来たばかりの頃は迎えの船が待ち遠しかったのに、今はまだ着かないでくれと思っている自分がいた。
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