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懇願
ジェイスに抱えられて浴室に入ると、2人に中を掻き出された。
イヤだと少し抵抗したら、明日船の上でトイレとお友達になると言われて、大人しく従う事にした。
終わった後は、乾燥させたばかりのふかふかのバスローブに包まれて、少しウトウトしてきた。
明日出立するなら、準備もあるだろうし……寝ているわけにはいかないと、頬を叩いて目を覚ます。
同じくバスローブに身を包んだグレイが、後ろから抱きしめて来て、俺の頬にキスをした。
あ、甘いっ……! 好きだと伝えた途端、グレイの俺への態度がものすごく甘い! 恥ずかしい!
「洸也は、僕のどこが好きなの?」
俺を抱きしめたまま歩き出したグレイは、浴室から部屋がある方向へ向かう。
「えっ、グレイの好きなとこ……?」
強引だし、サドっ気強いし、プライド高いし、ワガママだし、負けず嫌いだし、ストーカー気質なグレイの好きなところ……?
キラキラと綺麗なブルーグレーの瞳が、期待に満ちた目で俺を見ている。
「えっと……顔?」
「えっ! 見た目なの!?」
流石に一発目に顔はダメだろ、と自分でも思う。しかし、今この瞬間目に飛び込んできて、好きだと思ったのだから仕方ない。
「それだけじゃないけど、グレイの顔は可愛いから好きだな……あと、その瞳の色がすげー好き」
「僕の目の色、好きなの?」
「初めて見た時から、すごく惹かれた」
俺とグレイの部屋の真ん中くらいで、グレイが俺を壁に追い込んで、正面から抱きしめて来た。
「僕も、自分の目の色好きなんだ、母親と同じ色って聞いたから」
「聞いたから……?」
「グレイの母親は、物心つく前に亡くなってるんだ」
リビングの部屋から顔を出したジェイスが、俺の疑問を補ってくれた。
「洸也が好きだって言ってくれて、嬉しい」
「良かったな」
俺に抱きつくグレイの頭を、ジェイスは優しい表情でポンポンと撫でた。
「ずっと思ってたが、お前はグレイの保護者みたいだな」
「コーヤにもしてやろーか?」
「いらねーよ! 大体、そんなに年も離れてないだろ?」
俺の頭を撫でようとしたジェイスに、その手を払って阻止した。
「そうだな、7歳差じゃ親子にはならねーな」
「7歳!?」
俺が25だから、32!? ウソだろ! 絶対20代だと思ってた!!!!
「……32には見えねーな」
「だろ?」
自信満々にドヤ顔してんのが、めっちゃ腹立つけど。
「ジェイスは僕が6歳の時に、日本語の家庭教師に連れられて来たんだ」
「オレのオヤジだな」
「って事は、もう14、5年も一緒に居るのか、長いな!」
「僕とジェイスの話はもういいよ、今は僕のどこが好きなのか聞いてるんだから」
その歳の差で、いつから肉体関係を持ったのか、非常に気になるところだったんだが……。
「他には? 僕の好きなところないの!?」
もっと言ってくれと言わんばかりに、俺に表情で訴えかけてくる。そんな様子が年下らしくて、素直に可愛いと思った。
「行動力があるとこと、努力家なところは、まぁ好きかな」
「はぁ、そんな普通のじゃ嬉しくない」
面白くないとでも言いたげに、グレイの目が据わる。
「強引で、わがままで、俺様なところも嫌いじゃない」
「誰の話? 僕の好きなところを聞いてるんだけど?」
「お前の話をしてんだよ!」
ハハハッとジェイスが横で軽快に笑った。
「それなのに、俺には甘えてくるとこが一番好きなんだけどな」
そう言うと、グレイは少し照れたような表情を見せる。
9年も俺の事想ってくれた事は、間違いなく絆された大きな原因なんだが……それを自分で言うのはなかなか照れ臭かった。
「俺の事必要としてくれてるのがわかるから、応えてあげたいって思ったし、ずっと一緒にいてやりたいって思ったんだけど……」
素直に伝えれば、グレイの目が驚いたように開いて、俺の頬を撫でながら顔が近づく。
「ずっと一緒にいてくれるの?」
「……そうしたいと、思ってる」
キスでもして来そうだった表情は、急に真面目な硬い表情に変わった。
そんな変化に戸惑うと、グレイが俺の両手を合わせて、包み込むように握ってきた。
「真剣な話なんだけど、僕のところに来ないか?」
「それは……」
言われた意味を測りかねて、困惑する。それはまるでプロポーズのような言葉なのに、その表情に甘さはない。
「僕は洸也を雇いたいと思っている、傍で僕をサポートしてほしい……もちろん、洸也が良ければだけど」
あぁ、これはビジネスの顔なのか。
力強い目つきと、自信家を伺わせる表情は控えめに言っても、カッコいい……なんて思ってしまった。
「すぐに返事をして欲しいとは、言わないから」
「いいよ、俺にできる事があるなら、やらせて欲しい」
二つ返事をすると、硬い表情に驚きと嬉しさが混じる。
「ッ、そんな簡単に決めていいの?」
「元々、今の会社は辞めようと思ってたしな」
まさか、社長直々に引き抜きのお誘いされるなんて、思ってもなかったけど。
「僕に雇われるって事は、洸也の人生を賭けることになるよ」
「あー……確かにそうだな。でも俺、ずっと一緒に居たいって言ったよな」
「洸也の人生、僕にくれるってこと?」
「いいよ」
「愛してるって言われるより、ずっと嬉しい……」
今にも泣きそうなくらい、嬉しそうな顔で笑ったグレイに、思わず胸がギュッと締め付けられた。
「幸せにするよ、後悔なんてさせない」
グレイから額を合わせて、そんな風に誓われたら……どうしても思ってしまう。
「なぁ、これってプロポーズ?」
「えっ! ちがうよ!!!」
うわっ、全力で否定された。
「こんなビジネスの話した後に、なんの工夫もしてないプロポーズなんかしないよ! するならもっとちゃんとするし、これはプロポーズじゃない!!」
捲し立てるように言われて、グレイにとってこれがプロポーズになるのは、非常に不服だというのはよく分かった。
「今の話だって、本当はもっと前に、ちゃんとした服装で話そうと思ってたのに」
なかなか言い出せなかったってことは、俺の能力が雇うに値するか測り兼ねてたってことか?
「なかなか、好きだって言ってくれないから……言えなかった」
俺の両手を包んだまま、正面から甘えるように肩に頭を乗せられると、どうにも愛しくてたまらない。
あんなに自信家な表情をしていたのに、俺の言葉ひとつで嬉しそうにしたり、ホッとしたり。コロコロと表情を変えるのは、見ていて可愛いし、やっぱり好きだと思う。
「断られるのが怖かった?」
「僕は失敗するのが嫌いなんだ」
「失敗したと思うと荒れるしな、コーヤが快諾してくれて助かったぜ」
ジェイスが壁に手をついて、俺たちの表情を覗き込む。その顔は本当に嬉しそうだった。
もしかしてさっき俺に乱暴したのも、帰るまでに俺を落とせないと思ったからか……?
確かに言わなかった俺も悪いけど、思い込みが激しすぎる。甘いだけのジェイスとは別に、グレイにはサポートが必要なのは間違いない。
「……ところで、なんで明日帰るんだ?」
俺を落とすつもりだったなら、むしろ期間を延長するべきだろう? ジェイスの話ぶりからして、前倒しした感じだったが……ヤケになったのか?
「あっ、言ってなかったね」
ようやく俺の体から離れたグレイが、俺とジェイスの顔を順番に見た。
「台風が発生したから、安全のために帰ります」
それはなんとも色気のない、超現実的な理由だった。
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