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 バッと、桃枝が勢いよく顔を上げる。 『れ、ん……しゅう?』 『あっ、今! 今、ボクの顔を見られていますねっ! そのまま、首と目線を固定!』 『っ!』  反射的に、桃枝は山吹の言葉に従う。ビシッと動きを止めて、桃枝は山吹を見つめた。 『なんだ、できるじゃないですか。見つめ合うと顔が赤くなるとか、そういう面白い反応を期待していましたのに』 『悪かったな、つまらない男で』 『イヤですね、課長。ボク、そこまで言ってないじゃないですか』  ニコニコと、山吹は笑う。これは素の笑顔ではなく、本気で楽しいからこそ浮かぶ笑みだ。  笑う山吹を見て、桃枝は目を丸くした。 『……お前っていつも、そんなヘラヘラしてたのな』 『えぇ~っ。メチャメチャに今さらな感想じゃないですか……』 『そうか?』 『そうですよ』  ため息を吐き、山吹はメニュー表を桃枝に返す。 『これは部下にあるまじき大変無礼な行為と承知で言わせてもらいますが、課長の態度は今のボク以上に最悪です。あんなんじゃ、課長の言動は【人を傷つけることこそが目的】みたいに見えますよ』 『俺は他人を虐めて楽しむような趣味は持っちゃいねぇよ』 『どの口が──おっと。今のは完璧に失言です、すみません』 『そう言いたいのはこっちなんだが』  今度は、桃枝がため息を吐く。 『とにかく、要改善ですよ。【ライフハック】って言葉は知っていますか? 今の課長は……。……えぇ~っと』 『こういう場は無礼講がマナーだろ。思ったことがあるなら言え』 『──愚の骨頂です』 『──本気で無礼な奴だな、お前』  実際問題、桃枝の態度に問題しかなかろうと、山吹にとってはどうということはない。本音を語れば、異動前の上司よりも桃枝の方が、山吹にとっては気が楽なくらいだ。  しかし。……だからこそ、妙な手心を加えたくなったのかもしれない。 『相手の目を見るんですよ、課長。【目は口程に物を言う】なんて言葉もあるでしょう? 目を見て、表情を観察して、言葉にはない本音を察する。そうすれば、課長と管理課の職員の仲は良好──まではいかなくても、多少マシにはなると思いますから』 『お前って、思っていた以上に怖いもの知らずな奴なんだな』  桃枝は渡されたメニュー表を受け取り、一度、視線を落とす。  ……だが、すぐに。 『けど、そうだな。お前の言い分は、的を射ている主張だ』  桃枝はメニュー表を、テーブルの端に立てかけた。桃枝の動きを見て、山吹は内心で驚く。  案外、人の話に耳を傾けられるタイプなのか、と。口にすれば悪態を返されそうなことを考えながら、山吹は笑みを浮かべた。 『下っ端の分際で、偉そうにごめんなさい』 『いや、いい。むしろ、悪かったな。変な気を遣わせて』  桃枝はウーロン茶が注がれたグラスを手に取り、呟く。 『上司にハッキリと意見を言えるのは、なかなかの長所だぞ。……それなのに、なんでお前みたいな奴がたった一ヶ月で異動させられたのか。俺からすると不思議でならねぇ事象だな』  あまりにも。 『えっ? 課長、ボクが異動した理由知らないんですかっ?』  あまりにも、予想外な呟きを口にするものだから。  山吹は思わず、マヌケな表情を晒してしまった。

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