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 なんの面白味もない、ありきたりな居酒屋。  ソフトドリンクが二人分並ぶテーブルを囲いながら、山吹の対面に座る男が口を開いた。 『──お前、なんで俺を飲みになんか誘ったんだよ』  視線は、メニュー表へ。男──桃枝は仏頂面のまま、山吹にそう訊ねた。 『ボクが課長と飲みたかったからですけど?』  対する山吹は、ニコリと笑みを浮かべている。……タチが悪いことに、これは愛想笑いではなく素なのだ。山吹はいつも、どこか楽しそうな顔をしていた。  メニュー表を眺めたまま、桃枝は口角を上げる。 『ハッ、笑える。どうせ上司の金でタダメシが食いたいだけだろ』 『お勘定、ボクが支払いましょうか?』 『冗談の通じねぇ奴』 『冗談なんてガラでもないくせに』 『あ? なんか言ったか』 『いいえ、なにも』  クルッと、桃枝はメニュー表を裏返す。その様子を眺めたまま、今度は山吹から話題を振る。 『むしろ、ボクは驚きました。お誘いしても拒否されるか、もしくは凄くイヤがられると思ったので』  ここに着く、少し前。山吹の誘いに対して、桃枝の返事はひとつ。……『どこがいい?』の、それだけだ。  驚いたような顔はしていたが、返事はそれ。悪態を吐かれるか、もしくは不快感を露わにされると思っていただけに、拍子抜けだ。  メニュー表の裏面を眺めたまま、桃枝はサラリと答える。 『断る理由もなかったし、嫌がる理由もねぇだろ。ただの居酒屋に、同じ課の──部下と行く。それだけなのに、なんで俺がお前に対してそんな嫌な態度を取ると思ったんだよ』 『飲み会とか、嫌いなのかなって』 『確かに、自分から誘ったことはねぇな』  もう一度、メニュー表がひっくり返された。 『俺が誘ったら、嫌がるだろ。お前だけじゃなくて、課内の奴、全員』  返ってきた言葉は、どことなく覇気がない。 『……ふぅ~ん?』  山吹は桃枝を眺めて、返事とひとつ。  ……それから、すぐに。 『お言葉ですが、課長。ひとつ、よろしいですか?』 『なんだよ?』  許可を受けた山吹は、ずいっと身を乗り出す。 『──人と話すときに相手の顔を見ないのは、なにか理由でも?』  桃枝から、メニュー表を取り上げるために。  山吹はメニュー表をヒョイッと持ち上げると、そのまま自分が座る座布団の隣に置いた。 『ボクとの面談でもそうでしたし、書類のダメ出しをする時もそう。極め付きに、今だってそうです。課長はいつも、相手の顔を見ませんよね』 『そ、れは』 『どうして視線を外すんですか? 今、課長は【ボク】と話しているのに』  鋭い、指摘。かつて桃枝に対してここまで真っ直ぐと意見をぶつけた者が、果たしていたのだろうか。  桃枝は手元を離れたメニュー表を目で追い、その後、それを奪った手を見た。  そして、次に……。 『──緊張、するだろ。……相手も、俺も』  桃枝は、テーブルを見た。  なんとも、情けない理由。威圧的な言葉を投げる方がよっぽど相手の態度を硬化させると、なぜ気付かないのか。  ただ一度、顔を見て。たった一言、気の利いた言葉を投げるだけで。……そうした手法を、山吹はよく理解していた。  だが正面に座る男は、そこに気付いていない。人を動かし、導く立場だというのに、だ。  これを、本来ならば呆れるなり、叱責なりをすべきなのだろう。若しくはこのまま話題を転換し、スルーをするのも可。  ……しかし、山吹はと言うと。 『──じゃあ、練習しましょうか』  あえて、優しく接するという選択をした。  ……自分が最も嫌悪する【優しさ】を、あえて。

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