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3章【雨に濡れる羊を、狼が哀れむ】 1

 認めよう。桃枝の想いが、彼にとって本物だと。  そして、認めよう。山吹はその想いを、どうしたって信じられないのだと。  初デートを終えた山吹の思考はそこに行き着き、結論を導き出した。  ──どこまでいっても、平行線。それが、桃枝と山吹の関係性の限界。 「ふぅっ」  アパートの、一室。借りている部屋に、山吹は一人で居た。  シャワーを浴びた山吹は、タオルで髪を拭きながらフローリングを歩く。そのままスマホを操作し始める。  あれから──初めて桃枝とセックスをしてから、一ヶ月後。山吹は床に座った後、誰に言うでもなく呟く。 「──あれからキスもしてこないって、なんなの? ピュアすぎない?」  山吹は一人きりの部屋で、驚愕していた。  付き合い始めてから、一週間。毎日の恋人らしい関わりと言えば、朝と晩のメッセージ一往復だけ。それも『おはよう』と『おやすみ』だけで、会話と言うよりも完全に、挨拶。  そして強硬手段のように桃枝とデートの約束を取り付け、桃枝の童貞を奪い、一ヶ月後の今。その関係はなぜか変わらず、山吹は桃枝と【挨拶メッセージ】しか交わしていなかった。  眺めるスマホに映っているのは、数分前に桃枝から送られてきた『おやすみ』という文章。山吹はタオルで髪を拭きつつ、返信を送った。『おやすみなさい』という、たった一文を。 「でも、まっ、仕方ないか。課長とボクじゃ、タイプって言うか……価値観が違うもんね」  プレイの一環として、山吹は首を絞めるようにとオーダーした。  それを受けて、桃枝の表情が硬化したことを忘れたわけではない。思い出すと、申し訳ない気持ちになるほどの印象だ。 「トラウマにさせちゃったなら、悪いことしちゃったなぁ~。課長がセックス苦手になったら、次の恋人さんに申し訳ないし……」  スマホの画面を消し、そのまま上部を顎に当てる。 「でも、ザンネンだなぁ~。課長のペニス、結構お気に入りの大きさと形なのに」  優しすぎる性交は、山吹の価値観とは正反対。だが、桃枝には体と言う名のポテンシャルがある。  山吹ではなく、もっと違う相手だったならば。きっと桃枝の【初めて】は、ティーンラブ漫画相当の甘い夜となっただろう。  ただ、相手が【山吹】だっただけで……。 「……はぁ~っ」  この、一ヶ月。何度考えたか分からないテーマに陥った山吹は、ため息を吐くことで思考を霧散させた。それから気を紛らわせるかのように、スマホでSNSを眺め始める。  するとすぐに、山吹は映し出された写真や動画に違和感を見出した。 「なんか、イルミネーションの写真がやけに多いような……?」  自宅と思われる建物や、店の外観。部屋の中に、店の中。やたらとキラキラした装飾にまみれている画面を見て、山吹は小首を傾げる。  ……が、すぐに答えを見つけた。 「あっ、もうすぐクリスマスか」  答えを口にした山吹は、そのまま流れてくる情報を意味もなく眺め続ける。  ……クリスマスと言えば、あれだ。聖なる夜をわざと誤変換させて【性夜】と書き、恋人同士であったりそうでなかったり、とにもかくにも夜な夜なセックスに励む忙しい日のこと。今までの経験上、山吹にとってクリスマスとはそんなものだった。  セフレや、たまたま出会った相手と一夜を共にする。スカートが短く、趣味の悪いサンタのコスプレを着て【お小遣い】を貰った記憶もあった。  すぐに、ピコンと。山吹は【悪いこと】を考えて、ニッと口角を上げた。

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