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3 : 17 微*

 キスから解放された後、山吹は桃枝を脱がそうと試みる。 「課長、抱いてください……っ」  吐息が奪われ、生理的な涙が浮かんで。桃枝ではなくても、今の山吹は『煽情的だ』と評価されるだろう。  だが、桃枝はやはり強情で……。 「駄目だ。セッ、クス、は。……そういうことは、しねぇよ」  さすがに、ここでのお断りは想定外。山吹は桃枝が着ているワイシャツに手をかけながら、潤んだ瞳を鋭い目つきに向ける。 「イヤです、課長。セックス、課長とシたい……っ」 「だ、から。……駄目だって、言ってるだろ。お互い、風呂とか入ってねぇんだし……それに、会うたびにセックスばかりするのは、ケダモノじみてるだろ」 「じゃあ、先ずはお風呂──」 「仮に風呂で体を綺麗にしたとしても、道具がなにもねぇから却下」 「うっ」  この部屋で、誰かとセックスをするつもりはなかった。コンドームもローションもなくては、確かに経験値の少ない桃枝が気乗りするはずもない。  一度目のセックスは、桃枝にとってあまり良くないことをしてしまった。その負い目や反省点がある以上、山吹は『ケダモノじみていてもいいからナマで挿れてください』とは、言えないのだ。  だが、このままサヨウナラはさすがに勘弁してほしい展開だった。山吹は律儀に【恋人ごっこ】をこなしている結果、以前までは週に何度も発散できていた性欲を持て余してしまっているのだから。  渋る桃枝に、挿入を無理強いできない。だが、性的な触れ合いはしたい。素直すぎる欲求は、山吹の思考をフル回転させて……。 「──じゃあ。せめて……フェラを、させてください」  結論という答えを、斜め上の方向に導いてしまったのだった。  目が、点になる。今の桃枝は、その形容詞があまりに相応しい。 「はっ? なに──オッ、オイッ」  覚悟を決め、確固たる意志を持った。ならばもう、山吹を止められない。  山吹はすぐさま、桃枝のベルトを緩める。そのままスラックスのチャックを下げ、恐ろしいほど慣れた手つきで下着を露出させた。  山吹の指が、桃枝の逸物を下着越しに撫でる。それからすぐに山吹は、下着から桃枝の逸物を取り出した。  無論、桃枝は焦る。桃枝にとってはなにひとつとして解決していないのだから。 「馬鹿、やめろ山吹! そんなところ汚い──」 「汗の匂い、ですかね。男らしくてステキですよ、課長?」 「吐息をかけるな……ッ!」  あくまでも、非協力的。賛成なんて、とんでもない。桃枝は身をよじり、なんとか山吹から距離を取ろうとした。  それでも、山吹はクスリと笑う。なぜなら……。 「下着をこんなに濡らして、ボクが少し撫でるだけでビクビク反応して。……それなのに、イヤなんですか?」 「……ッ」 「ムシしないでくださいよ、課長。……ムシは、寂しいです」 「ク、ソ……ッ」  山吹の、悲しむ顔。一番見たくないものを突き付けられ、桃枝は顔を背けながら苦々しく吐き捨てるように答える。 「嫌なわけ、ねぇだろ……ッ」 「素直な課長、カワイイですね」 「お前の方が可愛いだろ、馬鹿ガキが……ッ」  なんとも、脅威のない罵声だ。父親の怒声に比べると、まるで子猫の鳴き声かと勘違いしてしまいそうなほどに。 「ステキなプレゼント、課長にあげちゃいますね」  微笑み、それから挨拶のように逸物の先端へとキスを贈る。たったそれだけの接触にも、大袈裟なほどビクリと震えるのだから。やはり、桃枝の方が可愛いに決まっている。  ……当然、言葉には出さなかったが。

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