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さすがに、桃枝はこうした言い回しに耐性が付いたのだろう。
「あぁ、そういうことか。……仕事の話なら、悪いが来週にしてくれ。今日はこの後、飲み会があるんだ」
妙な期待は、するだけ虚しい。落としてしまった書類を拾いつつ、普段通りの素っ気ない返事をする。
そんな桃枝のそばに立ったまま、山吹はギュッと、鞄を両腕で抱き締めた。
「秒で終わりますから、ちょっとだけ。……お願いします」
そっと、不安気に見つめる。山吹のしおらしい態度に、桃枝はただならぬなにかを感じ取ったのだろう。
「そう、か。……分かった、いいぞ」
手を止めて、先ほどとは違い真剣な表情を返したのだから。
「どうした、山吹? 俺が不在の間、なにかあったのか?」
「あの、仕事関係のお話じゃなくて……。その、これって……課長、ですよね?」
片手で持っていた、シンプルな包みの箱。山吹が見せた『これ』に視線を向けた後、すぐさま桃枝は気まずそうに視線を外した。
「あー。……まぁ、そう、だな。俺だよ」
「クリスマスに続き、バレンタインのプレゼントまでくださって。……ありがとう、ございます」
「別に、俺がやりたくてやっただけだ。気にするな」
ペコリと頭を下げた山吹から依然として視線を外したままの桃枝は一度、わざとらしく咳払いをする。
「……で? わざわざ礼が言いたくて残ってたのか? それならメッセージでも良かっただろ」
「お礼はきちんと、直接言いたくて。……後は、その。他にもうひとつ、直接じゃないとダメなことがあって……」
妙に、歯切れが悪い。俯いた山吹に気付き、桃枝は眉間の皺をより一層深く刻む。
「どうしたんだよ。今日のお前、かなり変だぞ?」
「うっ。……確かに、ボクもそう思います」
「自覚があるのか。だったらどうにかしろよ。俺に言いたいことがあるならハッキリ言え。生憎と【察する】なんて器用なことが俺にはできねぇんだよ」
「それは、知っていますけど……でも、そんなに急かさないでください」
「『秒で終わる』っつったのはお前だろ」
今日に限って、どうしてこんなにも相性が悪いのだろう。日頃から『似た者同士とは言えないな』と思ってはいたが、今日はより強く、そう思った。
こうして山吹が口ごもっている間にも、桃枝のタイムリミットは近付いている。山吹のせいで、桃枝の予定を圧迫したくはなかった。
「あっ、あのっ。……その、えっと」
「山吹」
「っ!」
名前を呼ばれ、思わず体を震わせる。
行動が遅すぎて、怒らせてしまったか。山吹は自分の駄目さ加減に思わず、父親との生活をフラッシュバックしてしまった。
「ご、ごめん、なさ……っ」
しかし、相手は父親ではない。
「──最初に急かすような言い方をして、悪かったな。お前のペースでいいから、なんでも言ってくれ。……ちゃんと、待ってやるから」
相手は、桃枝なのだ。
恐る恐る顔を上げると、桃枝の優しい瞳と視線が重なる。温かな眼差しを受けると、山吹の胸からは【咄嗟に過去を思い返してしまったことによる恐怖】が、すぐさま溶けていって……。
不思議と、勇気のようなものが湧いてきた。
「飲み会の前に、すみません。だけど、どうしても今日、課長に渡したいものがあって……」
ようやく、手を動かせたから。山吹は湧き出た勇気によって、鞄の中へと手を突っ込んだ。
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