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 表情はさほど変わっていないように見えるが、山吹には分かる。……桃枝は今、とても喜んでいる、と。  一粒目のチョコを堪能した後、桃枝はもう一粒、山吹お手製のチョコをつまんだ。 「あまり甘くないのは、俺仕様か?」 「えっと、はい。課長、甘いものがあまり得意じゃないみたいなので」 「なるほどな」  相槌を打った後、桃枝は二粒目のチョコを口に放る。するとまたしても桃枝は、嬉しさからか若干だが、目を細めた。 「ウマいな、これ」 「苦くないですか? かなりビターな味になっちゃったのですが、もう少し甘い方がお好みだったでしょうか?」 「いや、丁度いい。ほどよく甘くて、なんて言うか……。……悪い、山吹。同じ感想しか出てこない。凄く、ウマい」 「いえ、そんな。お口に合ったなら、幸いです」  喜んでいるし、はしゃいでいる。眉間に寄った皺はそのままで、チョコを見る目つきも鋭いが……それでも桃枝は、いつもより表情を柔らかくしていた。  モグモグと口を動かし、嬉しそうにチョコを食べている。桃枝の姿が異様に愛らしく、山吹はどこか落ち着かない様子で、ソワソワと視線を彷徨わせた。  たかが、チョコ。溶かして、形を生成して、冷やして固めただけ。味の加工を多少はしたが、それでも大した作業ではない。  それなのに、桃枝は嬉しそうにチョコを見つめている。桃枝なら、どんな高級チョコだって買えるだろうに……。 「──ありがとな、山吹。ものすごく嬉しい」 「──っ!」  普段は絶対に浮かべたりしない笑顔を、惜しげもなく向けているのだ。たった一人、山吹だけに向けて。  胸の辺りが、ギュギュッと締め付けられる。山吹は意味もなく、自身の胸をスーツ越しに掴んだ。  気恥ずかしい。落ち着かない。こんな感覚も気持ちも、初めてで。  喜ぶ桃枝が、直視できなかった。胸が騒ぎ、顔に熱が溜まって……。こんな状態異常じみた現象は、やはり初めてだ。 「べっ、別に、そんなっ。た、大したことじゃないので、全然、そんなっ」 「正直、驚いたな。お前はこういうイベント、気にしないタイプだと思ってた」 「えっと、それは、あのっ」  確かにほとんど直前辺りまで忘れていたので、否定もし切れない。ましてや桃枝の想像とは真逆なことに『張り切ってしまった』なんて、恥ずかしくて言えるはずがない。  ここまで喜んでもらえるなんて、思っていなかった。そしてなによりも、喜んでもらえたことがこんなにも落ち着かない心象を生むなんて、山吹は想像すらしていなかったのだ。  耐えられなくて、逃げたくて。グルグルとまとまらない思考が、強引に話題を探そうとする。  ──ゆえに山吹は、地雷原を全速力で駆け抜けるかの如く失言をかました。 「──まっ、まぁ? ボクも成長くらいしますからね? クリスマスは失敗しましたけど、課長がいつか【ホントの恋人】を作ったとき、バレンタインチョコを貰った後に正しい反応ができるよう【仮の恋人】であるボクが練習台になるのは当然ですよ?」  ピタリと、桃枝の動きが止まる。それでいてジッと、見つめられている気がした。  桃枝の表情を、確認できない。なぜなら山吹は自分の赤くなった顔を見られたくなくて、必死に俯いているのだから。 「だから、えっと。……あっ、崇めてもいいんですよ、課長っ?」 「……あぁ、そうかよ」  ホワホワと熱を持った顔と胸を飼い慣らそうと必死で、山吹は鈍くなっていた。ようやく違和感に気付いたのは、桃枝の相槌を聞いてからだったのだから。  桃枝の声が、低くなった気がする。すぐに山吹は顔を上げて、桃枝を見た。  すると、桃枝は……。 「ヤッパリ、お前は……っ」  山吹のことを、鋭く睨んでいた。

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