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これでは、どちらが与えているのか分からない。桃枝に抱き着いた途端キスを贈られた山吹は内心、小さく困惑した。
「んっ、ふぁっ。……課長、やっ。なんで、こんなにキス……っ」
日に日に、桃枝のテクニックが上達している気がする。口腔を甘やかされながら、山吹は体を小さく震わせた。
無意識のうちに、腰が引ける。些細な動きに気付いた桃枝は、すぐさま山吹の腰を掴んだ。
「おい、山吹。俺へのご褒美と礼、なんだろ? なら、逃げるなよ」
「課長……っ」
背に腕を回されてしまえば、逃げられない。山吹は潤む瞳で、桃枝を見つめた。
「山吹、口開けろ。……あーん、だ」
「……あーっ」
「ったく。お前の方が大概、可愛いっつの」
まるで、山吹への褒美じみている。口を開き、キスを贈られ……山吹は堪らず、桃枝にしがみついてしまった。
これは、甘えているわけではない。抱き締められているから、逃げられないだけだ。言葉として発しないまま、山吹は言い訳を続ける。
唇が離れると、山吹は体から力が抜けてしまったのか、桃枝の体にもたれかかった。
クタリと寄りかかる山吹を抱き締めたまま、ふと。桃枝は顔を上げた。
「なぁ、山吹。知ってるか? プレゼントに『ネクタイとマフラーを贈る意味は……』ってやつ」
「意味、ですか? えとっ、勉強不足でごめんなさい。知らない、です?」
桃枝が見ているのは、部屋に飾られたプレゼントだろう。
結局マフラーのシーズンは過ぎかけ、出勤日だったというのにネクタイも身に着けていない。山吹は大事に部屋へ飾ったプレゼントを振り返ることもできないまま、桃枝にもたれかかり続ける。
思いついた意味なんて、桃枝ができない【首絞め】だけ。けれど、わざわざ桃枝がそれを口にするとは思えなかった。ゆえに、山吹は桃枝からの言葉を待つ。
続きを待つ山吹の後頭部を撫でながら、桃枝は普段と変わらないどこか素っ気ない口調で【意味】を告げる。
「──【お前に首ったけ】って意味だよ」
キザだ。普段の山吹ならそう言い、揶揄い混じりに一蹴しただろう。
けれど、できそうにない。山吹はなにも言えず、桃枝の肩口に額を当てたまま黙り続ける。
──胸が、ザワザワと騒いで仕方がないから。山吹はなにも、言えなかった。
どうしてこんなにも、嬉しいのだろう。桃枝から好意を向けられて、分かるように伝えられて……。どうしてこんなにも、山吹の胸を高鳴らせるのだろうか。頬がじわじわと熱くなっていく感覚を自覚しつつ、山吹はそっと顔を上げた。
「課長。ボク、もっとキスがしたいです」
「あぁ、いいぞ。……俺からも、礼とか、いろいろ。そんな感じのキス、ってことで」
指先で、ほんの少しかすめ取れた気がして。嘘か真かも分からなくなるほど、微かに。山吹は、周りが熱烈に提唱する【恋】を、理解できた気がした。
胸が、高鳴ってしまう。しかし、この高鳴りを自覚するわけにはいかない。認めるわけには、いかなかった。
既に、遅いとしても。それでも山吹は、胸の高鳴りに目を向けてはいけないのだ。
「もう少し、だけ。……もう少しだけ、さっきみたいな優しいキスをしてほしいです」
見つめ合った桃枝が、驚いたような表情を浮かべる。
だが、すぐに……。
「あぁ。分かったよ」
顔が近付き、桃枝からキスが贈られた。
胸が温かくなり、それなのに切なく締め付けられて。キスがこんなにも心地いいと思えて、互いの温もりを抱き合うことで分け与えられる多幸感も……。初めてだらけの感覚に、山吹の頭はパンクしそうだった。
……だから、山吹は気付かなかったのだ。
──一昨日の夜と、昨日。看病を終えた桃枝が、いったい誰と会っていたのか。
そんな懸念を、すっかり忘れてしまうほどに。山吹は桃枝に寄り添ったまま、刹那的な温もりを求め続けてしまった。
5章【身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ】 了
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