147 / 465
5.5 : 3
突然、大きな袋が渡された。想定していなかった出来事に、山吹は一瞬だけ思考をフリーズさせる。
「えっと、こちらは──」
「やる」
「それは聞こえましたが、いったい──」
「やる」
驚くほど、強引だ。どうやら、山吹は【謎の大きな袋を受け取る】という選択肢しか選ばせてもらえないらしい。
「えっと、ありがとうございます。……せっかくですし、中へどうぞ?」
「いや、俺は──……そう、だな。せっかくだ、入ろうか」
突き出された袋を恐る恐る受け取りつつ、山吹は桃枝を部屋の中へと招く。
……おかしい。背後に桃枝の気配を感じつつ、山吹は考える。
今晩、桃枝は約束を果たしに来たのではなかったのか。セックスが目的なのではないのかと、山吹は訝しみ始める。
そこで突然、山吹はピンと閃いた。
──きっとこの袋の中には、桃枝が選んだあんな道具やこんな道具が入っているに違いない、と。
重量は、重すぎるわけではないがそこそこだ。手錠や首輪などではなく、想像するのなら……コスプレ衣装、だろうか。山吹は気付くと同時に、またしても頬に熱を感じ始める。
「えっと、そのっ。……これ、開けてもいいですか?」
「うっ。……あ、あぁ。開けてくれ」
部屋へと案内した後、山吹は桃枝の隣に腰を下ろす。それから袋を結ぶリボンに触れつつ、そう訊ねた。
桃枝の、動揺。間違いない、コスプレ衣装だ。山吹は頬に妙な熱を感じつつ、袋を開封し始める。
際どい衣装をセフレに求められ、ものによっては応じたことも度々ありはしたが。まさか、桃枝から求められる日がくるとは。
確かに、桃枝を相手にも丈の短いスカートで迫った。しかし、こう、勝手に与えるのと求められるのとでは、結果が同じだとしても感じ方が違う。不思議と、山吹は羞恥心のようなものを抱き始めていた。
決して、不快なわけではない。ただ、突飛な恰好を見せる相手が桃枝だと思うと……。袋を開け、山吹は意を決する。
どんな悪趣味な服であろうと、破廉恥な装いであろうと。桃枝が望むのであれば、応じてみせよう。決意を固めた山吹は、袋の中に鎮座する【なにか】を引っ張り出し……。
「これ、って……?」
見覚えしかないパンダのぬいぐるみと、バッチリ目が合ってしまった。
……ぬいぐるみ、だ。着ぐるみでもなく、パンダ柄の妙なコスプレ衣装でもなく。……紛うことなき、ぬいぐるみだ。山吹の目が点になり、隣に座る桃枝を振り返る動きがぎこちなくなるのも仕方がなかった。
「お前この間、気にしてただろ。その、デカいの」
山吹の言動をとう捉えたのか、やはり桃枝とは視線が合わない。ただただ気まずそうに、桃枝は山吹とぬいぐるみから顔を背けていた。
「だから、昨日。お前と解散した後に、ソイツを買った」
「えっ、買ったんですか? 課長が? これを? あのお店で? こんなにカワイイぬいぐるみを?」
「あぁそうだ買ったぞなにか文句あんのか」
依然として顔を背けたまま、桃枝は八つ当たりのように「クソッ」と悪態を吐いている。
きっと、購入した時のことを思い返しているのだろう。店員や、その店にいた客からの視線が気まずかったに違いない。
強面で、ファンシーさとは対極に位置しているような存在の桃枝が、雑貨屋でぬいぐるみを買った。……しかも、こんなに大きなパンダのぬいぐるみを。
どんな状況だったのかと、山吹はぬいぐるみ購入の経緯を想像した。そして、堪らず可笑しさで吹き出してしまいそうになり。……なんとか笑いを堪えながらも、体を震わせてしまった。
ともだちにシェアしよう!