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 そして迎えた、翌日。 「おはようござ──わっ!」 「お、っと。山吹か、悪かった」  事務所の入り口で、入室と退室のタイミングが被ってしまった。  いつも始業時間ギリギリに出勤する山吹が事務所に入ろうとすると、荷物を持って退出する桃枝とぶつかりそうになってしまったのだ。 「おはようございます、課長。荷物、多いですね」 「あぁ、おはよう。監査で使う資料だ。今、ぶつからなかったか?」 「大丈夫ですよ。……あっ、ちょっと待っていてください。カバンを置いてからお手伝いします」 「いや、そこまで──……あー、いや。悪い、頼んでもいいか?」 「モチロン、頼まれますよ」  山吹は事務所内の管理課職員に手早く挨拶をしてから、鞄を自分のデスクへ。その後、すぐに桃枝へと近寄った。 「この箱を運んでくれ。場所は分かるよな?」 「はい。二階の第一会議室ですよね。じゃあボクは、先に向かっちゃいますね?」 「あぁ、頼む。鍵は開けてあるから、気にせず入ってくれ。俺は朝礼が終わってから追う」 「承知いたしましたー」  桃枝が素直に山吹を頼るなんて、珍しい。よほど、余裕がないのだろう。  これがもしも、山吹主体の運搬作業だとしたら。男女問わず、誰だって『大丈夫?』と、手伝いを申し出ただろう。  しかし生憎と、相手は桃枝だ。誰だって、わざわざ怖い目に遭いたくはないだろう。加えて、部下にこうした雑務を桃枝は頼まない。なんとも損な性格だ。  擦れ違う職員に挨拶を送りつつ、山吹は監査場所として押さえてある会議室へと向かう。 「よいしょ、っと。書類は、こっちのテーブルに並べちゃおうかな」  山吹は入社して間もないということもあり、こうした監査に関わったことがない。ゆえに『自分ならこうされた方が嬉しいかも』という、なんとも心もとない根拠で動き始める。  箱の中から資料を取り出し、ひとつずつテーブルの上へ。ファイルの表紙が見えるように、必要資料をあまり重ねないようにと地味な移動を始める。 「悪かったな、山吹。……って、なにやってるんだ?」 「あっ、課長。資料、こうして並べた方が分かり易いかなって。……箱から出さない方が良かったですかね?」  朝礼と言っても、必要事項を確認するだけ。すぐに終わる形だけの儀礼を終えた桃枝はすぐに、山吹が居る会議室へとやって来た。  資料をテーブルの上に並べている山吹へ近付き、桃枝は難しい顔のまま呟く。 「いや、問題はない。むしろ助かる。ありがとな」 「いえ。このくらいしかお手伝いできませんから」 「十分だ」  残りの資料をテーブルに下ろし、桃枝が山吹に手を伸ばしかけて。 「……あっ。悪い、山吹。今、お前の頭を撫でそうになった」 「えっ。あ、いえ、別に」 「ったく、情けねぇ。公私混同は良くないな」 「そうですね。良くない、ですね」  ことある毎に山吹の頭を撫でていたせいか、桃枝は咄嗟に普段と同じように頭を撫でようとしたらしい。すぐに手を下ろし、桃枝はばつが悪そうな顔をしている。桃枝の下がった手を見て、山吹は同意の相槌を返す。  どうして、今。ほんの一瞬だけ、その手が頭上に伸びることを期待したのか。嫌がって避けるくせに、なにを思ってしまったのだろう。山吹は目を背けるように、会議室の入り口を見た。  すると。 「桃枝課長、すみません。監査士の方々をお通ししてもよろしいでしょうか?」  管理課の女性職員が、数人の男を連れて会議室へとやって来た。

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