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桃枝と黒法師の関係性が気になるところではあるが、問い質すのはなんとなく気が引ける。
大前提に、桃枝のことを疑っていると思われたくない。関係性が気になっている理由も分かっていないのに、桃枝へ不必要な懸念を与えたくなかった。
ゆえに、山吹はすぐさま別の話題を考える。
「ところで、課長。今日はこの後、直帰ですか?」
「あぁ。お前を送ってから帰る」
「そうですか」
チラリと、山吹は桃枝に甘い視線を送った。
「──この前の約束、いつ果たしてくれますか?」
「──ッ!」
山吹が言う『約束』が、なんのことか。無論、桃枝は分かっていた。
山吹の風邪が治ったら、山吹が満足するまで抱いてくれる。そんな約束を、桃枝は半ば騙されたような形で結んでしまったのだ。
明らかな、動揺。持っていた箸を落とさなかったことに感心してしまうくらい、露骨な動揺だ。山吹は狼狽える桃枝を見つめながら、努めて真剣な表情を浮かべ続けた。
山吹が、視線を逸らさない。つまり、話題を逸らすつもりはないということだ。そんな意思を察した桃枝は、気まずそうに視線を逸らした。
「……ま、まぁ。そ、そのうち、に……っ」
「いつですか?」
「きっ、近日中には……っ」
「いつですか?」
「……っ」
可哀想なほど、動揺している。落ち着くために飲もうとしていたグラスを持つ手が、ブルブルと震えているのだ。
日付を名言しない──ではなく、できないのだろう。黙ったままやり過ごそうとしている桃枝を眺めつつ、山吹はクスリと笑う。
「そう言えば。ボクって、踏まれるよりは踏みたい派ですけど、縛るよりは縛られたい派なんですよねぇ」
「なんでチラチラ俺を見ながら言った?」
「約束の日が楽しみだなぁ~っ!」
「なんで独り言を独り言らしからぬ声量で言った?」
極力、痛みを与えないように。山吹を傷つけないようにと、桃枝は不慣れながらも丁寧に抱こうとしてくれた。
山吹の主張とは、真逆の言動。それでも山吹は、桃枝とのセックスが好きだった。
それは桃枝の体が好きだから、と。そう思い込み、決めつけて。山吹は、赤くなった桃枝を見つめる。
「いっそ、明日の仕事中にシますか? 課長のイライラ、ボクにぶつけてくださって構いませんよ?」
「職場でそんなことするわけねぇだろッ!」
「課長、しーっ。いくら個室でも、大きな声は響きますよ」
「うッ、ぐぐ……ッ」
楽しい。桃枝と過ごす時間が、楽しくて仕方ない。
ずっとずっと、桃枝が山吹を好きでいてくれたら。そうすれば山吹の隣にはいつまでも、桃枝がいてくれるのだろうか。
そしていつか、山吹も桃枝のことを……。ジワリと滲んだ言葉にいつまでも目を向けられないまま、山吹は素直に狼狽える桃枝を見て笑う。
「揶揄ってしまったお詫びに、多忙な課長に健全でステキなことをしてあげましょうか。お隣、失礼しますね」
「な、なんだよ」
「あはっ。そんなに警戒しないでくださいよ。どんな疲れも一撃で吹き飛ばす必殺技をお見舞いするだけですから」
「警戒されて当然なほど物騒な物言いだな。変なことするなよ」
「さて、どうでしょうね?」
見て分かるほど体を強張らせた桃枝の隣に座り、山吹は手を伸ばした。
「緋花特製、万能ナデナデです。効きますか、課長?」
整えられた髪を乱しすぎないよう注意しながら、山吹は桃枝の頭を撫で始める。
「明日からも忙しいみたいですが、ムリしないでくださいね。いつもお仕事、お疲れ様です」
人の頭なんて、好き好んで撫でるものではない。山吹は桃枝のように、優しくて甘い男ではないのだから。
「どうですか? 疲れ、吹き飛びました?」
それでも、山吹はそれらしい理由を付けて桃枝を撫でた。なぜか無性に、桃枝に触れたくなったから。
前触れもなく頭を撫でられた桃枝は、体の硬直をより強いものにして……。
「──吹き飛んだ。色々と」
「──なによりです」
実に桃枝らしい反応を返した。
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