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 一度、桃枝の話を掘り下げるのはやめるべきだろう。山吹同様、黒法師もそう思ったらしい。 「ところで、山吹君はどうなん? 学生時代、部活動は?」  すぐさま、黒法師は話題を変えた。  さすが、桃枝の友人だ。桃枝の表情が多少なりとも読めるらしい。山吹は桃枝に礼を言ってから、料理に箸を伸ばす。 「部活には所属していませんでしたね。ボクはアルバイトばかりしている学生だったので」 「そうなん? 山吹君は愛想がええし、人への受け答えも巧いからなぁ。……職種は接客やろ?」 「お褒めの言葉を頂戴してから肯定するのは気恥ずかしいですが、正解です。中学の頃は新聞配達をしていましたが、高校に入ってからはファミレスとラーメン屋のアルバイトをしていましたよ」 「ええなぁ、飲食店! まかないとか、絶品なんやろなぁ……」  桃枝さえ絡まなければ、黒法師との会話はなんの問題もなく進められる。どうにも、調子が狂うほどだ。  黒法師は楽しそうに頷いた後、タッチパネルでビールの追加注文をしている。山吹はチラリと、隣に座る桃枝を見た。 「課長はお酒、飲まないんですか?」 「運転手だからな」 「思えば、課長がお酒を飲んでいるところは見たことがありません。弱いんですか?」 「別に弱かねぇが、好んで飲むほどでもねぇな」  大人の男というものは、千差万別誰であろうと酒が好きなのではないか。毎晩の晩酌を楽しみにしていた父親を思い出しつつ、山吹は「へぇ」と相槌を打つ。  ビールを追加で注文した後、黒法師は料理に箸を伸ばした。 「そう言えば『愛想がええ』で思い出したけど……。なぁ、白菊?」 「なんだよ」 「──白菊はあれから【お見合いの話】どうなったん?」  咄嗟のことに、山吹は箸を落としそうになる。  お見合い、と。黒法師は今、そう言った。  そんな話、山吹は初耳だ。まさか見合い話が桃枝にあったなんて……。 「『あれから』って……。なんだよ、それ。俺は知らねぇぞ」  すると不思議なことに、桃枝の返事も山吹と同じだった。  まさか、黒法師が咄嗟に吐いた嘘なのか。山吹は固唾を飲みつつ、続く会話を待つしかできない。  頼んだビールが届けられ、黒法師は店員に笑みを向ける。それから笑みを固定したまま、黒法師は桃枝の疑問に答えた。 「君のお母さんにたまたま会った時に言っとったんよ。白菊のお見合い相手の話を……って。えっ、その顔……まさか白菊、本気で聞いてないん?」 「聞いてねぇな。それ、いつの話だ?」 「この間の年末やね」  桃枝は年始に、実家へ帰省している。タイミングを考えると、桃枝本人にも告げられていそうな話だが……。 「お相手ちゃんは高校の頃の後輩やで? 愛想も良くて上品で、確か茶道部の子やったような……?」 「なら、知らねぇな。上と下の学年は同じ部活の奴しか覚えてねぇ」 「そう言うと思ったわ」  どうやら、桃枝は本気で知らないらしい。かと言って、黒法師が嘘を吐いているとも思えない。  どんな感情を抱くのが、果たして正解なのか。分からないまま、山吹は箸を握る手に力を込めてしまった。

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