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前言撤回。やはり、この男は油断ならない。グラスを持つ手に力を込めつつ、山吹はなんとか笑みを作り続ける。
また、妙な牽制か。桃枝との関係性が深いものだと言いたげな、プンプンと鼻につく臭わせ行為。思わず、山吹は眉が寄りそうになる。
「お気遣い、ありがとうございます。でも、なにかあったらちゃんと課長に相談しますよ」
「あっ、そやった。君は白菊のこと、怖くないんやもんね。ええ部下持ったなぁ、白菊?」
あくまでも冷静に、巧く。素直な年下を演じながら、山吹は黒法師に返事をする。黒法師は山吹の警戒に、果たして気付いているのか。
「そうだな。俺にはもったいない部下だよ」
少なくとも、桃枝は気付いていない様子だ。どことなく嬉しそうに上がっている口角を見ていると、山吹はなぜかその頬をつねりたくなった。
なにを呑気に喜んでいるのか。大事な恋人が妙な牽制を受けていると、なぜ気付かない。堪らず、山吹は桃枝に嫌がらせを仕掛ける。
「ボクの方こそ、もったいないくらいステキな人を上司に持てて幸せです。……ねっ、課長?」
「っ! そ、そう、か。それは、どうも……っ」
隣に座った桃枝へ、上目遣いを送ってみせただけ。それだけなのに桃枝は、露骨なほど動揺を示す。
どうだ、と。山吹は内心で黒法師にほくそ笑む。
桃枝は山吹に首ったけで、いくら友人だろうと黒法師なんて眼中にない。勘の良さそうな黒法師なら、こちらの牽制にも気付くはずだ。
おそらく、本来はこうした関係性を他人──桃枝の友人に明かすのは良くないのだろう。そんな冷静さが、山吹の中には残っている。
だが、どうしても許せない。桃枝にちょっかいをかけるのならば、敵対意思を示す所存だ。それが『自分らしくない』と分かっていても、それでも山吹は敵対の姿勢を見せた。
対する黒法師はと言うと……。
「なんや、変な感じやね。白菊が、年下の子と楽しくお喋りしてるんは」
どうやら、余裕綽々らしい。ビールを呷りつつ、黒法師は桃枝と山吹を楽しそうに眺めていた。
「白菊、学生の頃から下級生とは特に相性が悪かったんよ。……どや? 想像できるやろ?」
「怯えられている姿が目に浮かびます」
「お前ら、本人を前に随分な話題じゃねぇか」
むしろ、下級生と絡む姿が想像できない。山吹が素直に感じたことを、黒法師は察したのだろう。
「白菊はこう見えて、高校の頃は弓道部やったんよ。三年の頃は主将も務めて、えらい立派やったんやから」
「へぇ、弓道部。なんだかイメージが湧くような、湧かないような……?」
入部した後輩と関わった結果、怯えられた……ということだろうか。やはり、容易に想像できる光景だ。
ビールを飲みほした後、黒法師は楽しそうに思い出話を続けた。
「格好良かったんよ、矢を射る白菊の姿。それが見たくて、入部する気がないくせに見学する子がチラホラいたくらいなんやから」
「へぇ? 課長、おモテになっていたんですね?」
「やめろ、この話題。気分が悪い」
照れている、わけではなさそうだ。気まずそうに顔を強張らせながら、桃枝は山吹の皿に料理をヒョイヒョイと載せていった。
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