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なぜ、こんなことに。山吹は箸と皿を片手ずつで持ちながら、口角をヒクヒクとひきつらせた。
「さぁ、たんと食べてや。こう見えて僕、金は持っとるんよ?」
「そうですね。お金持ちっぽいです」
「なんやの、その印象。照れるわぁ、事実やけど」
けらけら、にこにこ。黒法師は楽しそうだ。
場所は、普段桃枝と行く居酒屋とは別の店。居酒屋に変わりはないが、職場からはだいぶ離れた場所だ。
この店に来るまで、話は猛スピードのとんとん拍子だった。黒法師からズイッと差し出された皿を眺めつつ、山吹は苦笑する。
唐揚げを箸でつまみながら、山吹の中で回想が始まった。
『よし、決まりや! 早速やけど白菊、車の準備はええか? 場所はここなんやけど、徒歩やとしんどいからな? 僕と山吹君を乗せて連れてってや』
『あの、ボクはまだ行くなんて──』
『山吹君は未成年やろ? けど、安心してや。ソフトドリンクも豊富なお店やから!』
『おい、水蓮。山吹はまだ──』
『ほな、レッツゴー! ……なに黙っとんのや二人共! レスポンスはどうしたん? オーって言わなあかんやろ、オーって! もう一回いくで? ほな、レッツゴー!』
『『……お、おーっ』』
回想、終了。あんまりだ。ノーどころかイエスも言わせてもらえないとは。
さすがに、桃枝もどうかと思っているのだろう。いつも以上に、目が死んでいた。
「いやぁ、良かったわぁ。金曜日の夜に突然予約入れて、やのに『やっぱキャンセルで』なんて言いたかないもん、僕。二人共、僕の誘いを快諾してくれてありがとなぁ」
「「かい、だく……」」
この場でただ一人、黒法師だけは生き生きとしている。巻き込まれた二人は、絶賛【快諾】の意味を見失っていると言うのに。
唐揚げを口に放りつつ、山吹は黒法師を見た。
「聴いてや、二人共。一緒に来てた監査士、酷い男たちなんやで? 僕を残して二人は早々に帰ったんよ、酷いやろ? 同じ職場の相手やとしても、たまには僕と交流してくれたってええやん」
なんだか、イメージが違う。唐揚げを飲み込み、山吹は素直にそう思った。
もっと意地が悪く、なにを考えているのか分かりづらく……。端的に言うと【とっつきにくい嫌な男】だと思っていた。
だが、どうだろう。ビールを片手に文句を垂れる黒法師は、美人で愉快な青年にしか見えない。
「用事があるなら仕方ないだろ。だいたい、お前は帰らなくていいのか?」
「僕はあの二人と違って、家で待っとる人なんかおらんからなぁ」
「さすが独身貴族」
「なんでや白菊も同じやろ」
加えて、意外にも桃枝とは仲が良さそうだ。こうして見ていると、ファーストネームで呼び合っていることも気にならない。
まさか、ただの思い過ごしだったのだろうか。ほんのりと申し訳ない気持ちになりつつ、山吹は笑みを浮かべた。
「黒法師さん、独身なんですね。こんなにおキレイなのに、意外です」
「なんや、嬉しいような悲しいような複雑なコメントやね。けど、おおきに。パートナーは募集しとらんけど、おもろい子がおったら紹介してや?」
「面白い人、ですか。探してみますね」
山吹にとって最高に面白い男は桃枝なのだが、紹介するまでもない。ウーロン茶を飲みながら、山吹は頷いた。
なんてことはない。黒法師は、ただの愉快な好青年だった。山吹にとって黒法師は、なんてことない無害な男だ。
「それじゃあお礼に、僕は君の話を聴いたるよ。この間、僕の名刺を渡したやろ? 仕事の話はそっちの連絡先にしてな? こう見えて僕、仕事はかなりできる方やからね」
問題がないと分かれば、対応だって変えるべきだろう。山吹は同じ課の職員にするのと同様に、笑みを浮かべた純真な男を見せようとして──。
「──逆に個人的な連絡が取りたかったら、白菊を通してくれたらええから」
すぐに、その笑みが強張ってしまいそうになった。
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