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 まるで、デジャヴのようだ。部屋に響いた音を聞き、山吹は思う。  スマホの電源を切って、数分後の現在。山吹の部屋には、インターホンの音が響いている。きっと、山吹が姿を見せない限り止まないだろうし、押している人物もいなくならないだろう。  ゆっくりと、山吹は立ち上がる。その表情は疲弊を宿し、どこか諦めのような眼差しをしていた。  玄関扉を開錠し、そのまま開く。扉の向こう側にいる相手なんて、確認するまでもないからだ。 「なんだ。ヤッパリ寝てなかったのか」  などと言いながらも、至極申し訳なさそうな顔を浮かべている人物。山吹は暗い表情のまま、来客を見上げた。 「その、なんだ。……怒らせるのは百も承知だが、それでも今日は、お前といたい」 「……」 「それと、問題を先延ばしにしたくないから教えてくれ。俺は、またお前を怒らせた……ん、だよな? だが、その、悪い。なにが駄目だったのか、言ってくれ。水蓮──アイツを、下の名前で呼んだことか?」  まさか黒法師を送ったことに対して怒っているとは、思っていないのだろう。それだけ、桃枝の中には黒法師に対する下心が皆無なのだ。  そうだ、分かるわけがない。理解を示される可能性が幾ばくも無いほど、山吹の怒りは不当なのだから。  幼稚な自分も、感情に振り回される自分も、うんざりだ。山吹は桃枝から視線を外し、ようやく口を開いた。 「──いつまで経っても課長の気持ちを【好意】として認めなくて、理由をつけて否定ばかりして……。そんなボクに、そろそろ嫌気が差しませんか?」  これがまたしても、乖離を意味しているとしても。今度こそ桃枝から愛想を尽かされるとしても、今の山吹は言わずにいられなかった。 「初めから、誕生日なんて教えなければ良かった。そうすれば、こんな気持ちにならなくて済んだのに……っ」 「山吹? 今度はなにを──」 「課長を、信じなければ良かったです。課長とオツキアイを始めなければ、ボクはこんな気持ち知ることもなかったのに……。もう、イヤなんです」  言葉の終着点が、分からない。山吹は俯き、拳を握り、閉口する。  この先を、口にしてしまったら。本当に、桃枝との関係が終わってしまいそうで。終わらせたいのか、はたまた続けたいのか。それすらも分からなくなってしまった山吹は、なにも言えなくなってしまう。  ──ゆえに、口を開くのは自然ともう一人に限られる。 「さっき電話をかけても、お前はそうだったよな。お前はずっと、俺の言葉を遮ってばかりだ。それを良しとして、黙って聞いていれば調子に乗りやがって……ッ」 「……課長?」  荒くなった語気に気付くと同時に、山吹は顔を上げた。 「──ふざんけんなよ、馬鹿ガキが……ッ! お前のそういうのにはもううんざりなんだよッ!」  怒号が飛び出る、直前。桃枝は強引に、玄関扉を大きく開いた。咄嗟のことに対応できなかった山吹は、桃枝の侵入を許してしまう。  こんな怒りを、桃枝からぶつけられるなんて。膝が、笑った気がした。  なにかを、言わなくては。山吹は作り慣れた笑みを、咄嗟に浮かべる。 「……ぷっ、あははっ! なんですか、それっ? 先に『好き』って言ってきたのはそっち──」 「──それを受け入れて俺と付き合ったのはお前だろッ!」  桃枝が、怒っている。山吹に怒鳴り、山吹を責めているのだ。  これがきっと、本当の愛。両親が掲げていた【愛】は、まさにこれだ。山吹は必死にそう言い聞かせながら、自身の膝に『笑うな』と言いつけた。

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